海人の宝
「二人の男たちがな、彼女と俺に近付き、俺に対しては暴行、そのうえ、フェンスのリボンを外すことを強要したんだ。奴ら酔っていて彼女に対しても、一つ間違えば何するか分からない状態だったが、あのトニーが突然現れて、俺たちを助けてくれたんだ。銃で男たちを威嚇してな。あんな小男だからこそ、銃でないと止められなかったんだろうけど」
龍司は、にんまりとした表情で言った。
「はあ、そうか。そういうことだったのか」
とヘインズの表情がほころんだ。何だか、トニーに特別の思い入れでもあるような素振りだ。龍司は、それを見て言った。
「どっちにしろ、海兵隊の不祥事だな。別に表にはしない。ひどい目にあったけど、同時に同じ隊員によって助けてもらったということで、相殺して構わないよ。こっちも変なことには関わりたくない。誰にもいわん。彼女も気にしないだろう」
ヘインズが安堵の表情を浮かべる。
「だけど、あのトニー、大丈夫かな。銃で威嚇された仲間は黙っちゃないだろう。同じ基地にいるんだし」
と龍司は心配になって言った。
「大丈夫だ。そのことは私が何とかする。やつらこそ規則を犯して、君たちに迷惑をかけたのだから、トニーを咎めるつもりはない」
「トニーって、あんたやあの二人の男たちと違って小柄だから大変じゃないのか。仲間同士のいじめに合うこともあるだろう」
「ああ、私の訓練生の中では一番小さい。そのうえ、そのうえ」
ヘインズの口調は何か、ものがつっかかったようないい口だ。龍司は続きの言葉が分かっていた。
「肌の色が黒いってことだろう。純粋な黒人ではないようだけど」
「ああ」
黒人が大統領になっても、まだ人種差別は続いているのか、大変だな、と龍司は思った。
「君は、アメリカ人が嫌いになっているんだろうな。君たちの海を壊そうとするんだから」
「アメリカ人が好きだとか嫌いだとかいえないな。彼女、名前はセーラというんだけど、反対運動の協力者だ。あんたのような軍人もいれば、セーラのような海洋生物学者としてこの海を守るため、あんたの国の政府、彼女の国の政府でもあるが、それを相手に訴えを起こしたんだ。これって、アメリカの民主主義って奴だよな」
「はは、いっとくが、私も個人的には、今度の滑走路計画には反対だ。ここにきて三年になるが、珊瑚礁もあり実に美しい海だ。何度も潜ったよ。あそこを埋め立てるなんて信じらん。しかし、私にはどうにもならん」
「ああ、分かっているよ。相手にしなければいけない対象はおおき過ぎるうえ、ことは複雑だってこと」
龍司は、ヘインズに、昨年、軍事に詳しい国会議員と、このバーで語り合った内容を伝えた。米軍が日本を守っていないこと、米軍が日本に駐留するのは、日本が駐留経費を支払っているので安くつくこと、普天間基地移設に関しては、実をいうと米軍にとってはどうでもよく、移設計画に積極的なのは日本の利権関連サイドであること。など、なかなか世間一般には表に出ない複雑な裏事情などを放した。
ヘインズは、聞く度に頷き、そして、龍司が一通り話し終わると。
「その通りさ。私たちは、日本を守るためにここに送られたわけではない。我々が守るのは常に祖国と祖国の市民だけだ。他国に部隊を駐留しているのだって、祖国の国益を第一に考えてのことだ。しかし、驚くな、君たちは我々が守っていると信じ込んでいるとは。まあ、基地を借りているのだから、守ってあげるのは当然なのかもしれないが、だが、そのうえ、駐留経費まで払っているんだよな。ここに着任して、そのことを初めて知った時は驚いたよ。当然、我々の側が支払っていると思っていたが。君たちの国にだって軍隊というのがあるだろうに、どうして我々を、それほど頼りにしなければいけないんだ」
「俺たちの国は、あんたの国と戦って負けてぼろぼろにされ、そんな結果、戦争はしない、平和を愛するから軍隊は持たない国になったんだ。今、いるのは自衛隊という名の軍隊もどきの部隊さ。兵器は持っても使わないとする、へんてこな軍隊だ。だからこそ、君たちが必要ってことになっている。現実はどうでも、少なくともそう思い込んでいる」
「なるほどね。随分昔のことを引きずっているんだな。まあ、私にとっては知ったことじゃないがな」
ヘインズはそう言って、ウィスキーを注文し水割りで飲んだ。
その後、龍司とヘインズとはお互いのプライベートなことを語り合った。ヘインズの出身はサウスカロライナ州であること。高校卒業後、海兵隊に入隊して湾岸戦争時に初めての従軍をしたという。数年前に教官としての任務に就くことになったという。プライベートでは、一度、結婚して五年続いたものの、離婚したという。龍司も離婚経験があると自分の二度の結婚失敗体験を語った。龍司は子供はいるのかときくとヘインズは「一緒に住んでいないが息子が一人いる」と重い口調で語った。なので、踏み込まないことにした。
互いに語り合い、打ち解け合って、お互いファーストネームで呼び合おうということになり、龍司はヘインズを「チャーリー」と呼ぶことにした。ファーストネームのチャールズの略称だ。ヘインズは「リュージ」と呼んだ。
チャーリー、ナイスガイだぜ、と思った。
数日後、龍司は洋一に誘われ、平和団体が名古市民会館で主催する戦場ジャーナリストの講演とドキュメンタリー映画の上映会に参加することにした。テーマは、米軍はイラクとアフガニスタンで何をしているのか、そして、米軍とはどんな人達なのかというものだ。
龍司はもちろんのこと、沖縄人なら誰でも最も関心を持つ事柄だ。
講演をするジャーナリストは二人で、一人はイラクに詳しい志葉玲と名乗るジャーナリストで、イラク戦争前、戦中、そして、戦後とイラクに出向き取材をしてきた三十代のジャーナリストと、常岡敬介という四十代のジャーナリストで、自らイスラム教徒であり、アフガニスタンに渡り、九一一以降、米軍を主体とする多国籍軍と対決するタリバン及びアフガニスタンの市民に密接して取材をしてきた経験を持つ。取材中、タリバンに長期に渡り身柄を拘束されたこともあるという。
その二人にイラクとアフガニスタンの現状を語って貰い、その講演後、沖縄に駐留する米海兵隊の新兵訓練の様子を取材記録したドキュメンタリー映画「ワンショット・ワンキル」を上映し、その映画の監督である藤本幸久氏が講演をするプログラムになっている。
司会者は、沖縄に弁軍基地があるため、沖縄人は自らを被害者だと思いがちだが、そんな基地から部隊が出撃することによって、嫌がうえでも加害者になっている面も忘れてはいけないと語った。
沖縄が本土に復帰する前のベトナム戦争時、容赦なくベトナム市民を殺戮する米軍の前線基地として沖縄は使われた。そのため、沖縄はベトナムの人々から「悪魔の島」と呼ばれていたという。今の時代、そう呼ぶのは、イラクとアフガニスタンの人々だろう。
沖縄に基地を貸すということは、アフガニスタンとイラクでの米軍の戦争に加担するということを意味しているのだ。
まずは、イラクに詳しいフリージャーナリスト、志葉玲の講演から始まった。