海人の宝
バーベキューはお昼から何時間も続いた。気が付くと夕暮れ時になっていた。人も少なくなり、暗くなるにつれまばらとなり、活動家たちも、さっさとバーベキューの道具を片付け帰ってしまい夕陽が沈みかけるようになったころ、ビーチには龍司とセーラだけになってしまった。
海風が吹き、ちょっと寒気を感じるようになった。龍司にとっては、二人っきりになれたので、しめた、という想いであった。寒さしのぐのと、灯りが必要になったため、龍司は焚き火を砂の上で炊いた。二人は焚き火の前の砂面に腰を下ろした。
彼女も、この状況になることを望んでいるような感じであった。二人っきりになっているのが分かっているのに、仲間と一緒に帰ろうとしない。ブルーピースの面々は、今後、控訴審に備えてさらなる活動を行うため、辺奈古に一軒家を借り切り、長期の滞在をすることになったという。
焚き火を見つめながら、セーラが言った。
「龍司、これから私たち、長い付き合いになりそうね。私も辺奈古にずっといなければいけなくなったから」
「よかったじゃないか。ここは、とてもいいところだ。俺も漁師として助けになることは何でもするよ。それに、君と好きなだけ会えるようになったのはとても嬉しい」
「とても嬉しい? それってどういう意味なの?」
と言うセーラの瞳は、ひときわ輝いている。これは、龍司は思った。数多い女性経験から、このチャンスを逃してはならないことはよく分かっている。女性は口よりも目でものを言うことが多い。彼女の目は、明らかにモーションをかけている。誘っているのだ。
もちろんのこと、誘いには大いに乗るつもりだ。龍司は、セーラの肩に手をかけた。
が、その時だった。有刺鉄線のところで、ざわざわとした音が聞こえた。何だと思い、見ると男が二人ほど近付いてくる。フェンスの低くなっているところを飛び越えて入ってきたようだ。太りとも、大柄で横幅も広い筋肉質な男たちだ。見るからにいかつい。近付くにつれ、焚き火で彼らの姿がはっきりと写し出されるにつれ、そのいかつさが露わになる。
白人の二人の大男、まるでゴリラのようだ。そして、大男たちは龍司を睨んでいる。
「お前ら、ここで何してやがるんだ?」
とすぐに酔っていると分かる口調で男の一人が話しかけた。一気に雰囲気が重苦しくなり、殺気さえ漂う。危険な状況だと悟った。
「今から帰るところなんだ。じゃあな」
と龍司は言って、セーラと一緒に立ち上がった。セーラは怖がっている。女性なら当然だ。変に絡んで彼女まで巻き込ませてはいけないと思い、龍司は穏便に立ち去ろうと思った。
「ここで焚き火なんてしていいと思っているのか」
と怒鳴って龍司に男が詰め寄る。とっさに龍司の服の襟元をつかんだ。
龍司は、男の手を払おうとしたが、男は手を襟から放すと、突然、龍司の腹にパンチを加えた。龍司は、とっさにのけずさり地面に倒れ込んだ。かなりきついパンチだ。これまで、喧嘩などの経験で何度かパンチを喰らった経験はあるが、これは念の入ったパンチであると分かる。
こいつらは海兵隊員だ。戦闘としての格闘を習っている。その筋が感じられる。
「やめて」
とセーラの声。すると、もう一人の男がセーラの手を取り、
「おまえ、どうしてアメリカ人のくせに、このジャップと付きあってやがるんだ」
と荒っぽい調子で言う。
「お願い、ほっといて」
とセーラが大声で言う。龍司は立ち上がろうとしたが、男に手で力一杯背中を押さえつけられ地面に平伏された。
「おい、おまえ、このリボンを外せ」
と男は耳元に顔を近付け、怒鳴り声で言う。怒鳴り声と共に酒臭い息が漂う。龍司は従うことにした。こいつらは戦闘訓練を受けている、そして、酒に酔っている状態だ。抵抗すると、かえって危ないと思った。特にセーラを危険な目に遭わせたくない。
有刺鉄線に結ばれているリボンを一つ一つ外しにかかった。男たちは、それを見てへらへらと笑っている。何とも屈辱的な気分だ。
突然、パーンと銃声が鳴った。何だと思ったら、もう一人別の男が現れた。男は小柄な男だ。手に小銃を持っている。
「やつらをほっといて、基地の中に戻れ」
と男は言った。龍司は、その男に見覚えがあった。それも、この場所で会ったことのある男だ。
「おい、トニー、何のつもりだ?」
と大男が言うと
「僕の言った通りにするんだ」
とトニーと呼ばれる小男は言って、銃口を大男二人に向ける。
大男たちは、セーラと龍司から離れた。龍司は、とっさに立ち上がってセーラに近付き「大丈夫かい、セーラ」
と話しかけた。セーラは龍司に抱きつき
「大丈夫よ」
と返した。とても体が震えている。
「だから言っただろう。このフェンスに近付くなって」
とトニーは龍司を睨みつけて言った。トニーと男たちは、そそくさにフェンスの低くなったところを飛び越え去っていった。分断されたもう一つ世界、奴らの世界に戻っていったというのか。
龍司は、トニーと初めて会った時の頃を思い出していた。昨年の六月だった。同じ場所だったが、昼間なので、もっとはっきりとお互いに顔を見てとれた。フェンスの近くにいた龍司を怒鳴って追い払おうとしたのを、龍司が逆に怒鳴り返し蹴散らしたのだ。
その時の仕返しをさせられたような気分だが、トニーは自分たちを救ってくれたのだ。
「あのオレオ、あ、トニーと呼ばれていたわね、マッチョな男たちに。彼ら海兵隊員は、みんなどうしようもなく貧しい家の出身なのよ。まともな教育を受けてない人達だから、あんな粗野な行動を取るんだわ」
セーラはビールを飲みながら、龍司にそう語った。二人は、浜辺のビーチから集落の飲屋街にある「バー・アップル」に移った。カウンターで肩を並べながら話しをしている。
「オレオってどういう意味だ?」
と龍司が訊くと
「ああ、悪い言葉使っちゃったわね。オレオってお菓子知っているかしら、黒いビスケットの中に白いクリームが入っているものよ。つまり黒人と白人の混血という意味」
「はあ、なるほど、確かにそう見えたな」
と龍司。
「多くの若者が、大学にも行けず、まともな職にもつけないで軍に入るの。アメリカは最近、どんどん貧しくなって、そんな若者が増えている。わたしがブルーピースに入る前に務めていた大学でも授業料が高くなって、おまけに予算削減で授業数がどんどん減っていき勉学を続けられなくなった学生を嫌って程見たわ。ついには講師も解雇されて、私も解雇の対象にされてしまった」
セーラの意気消沈した表情を見るのは何とも耐えられない。龍司は、気分を変えさせる意味で敢えてこう言った。
「いや、でもな。あんな荒れくれものが君たちと世界の平和のために戦っているんじゃないの。テロとの戦いをアメリカは国是としているんじゃないのか」