海人の宝
「おっと、それがまた違うんだ。守っていたというよりは、共産主義に日本が取り込まれるのが怖かったのだろう。アメリカの戦略として、自由主義の勢力保持が目的だったんだ。日本は、その戦略の片棒を担ぐために、基地を提供したということさ。その見返りに独立国家として認められ、そのうえ、経済援助を受け経済復興を果たした。いわゆる吉田ドクトリンだ。むしろ、敗戦国の日本がうまく立ち回った戦略ともいえる」
「じゃあ、冷戦においてアメリカの戦略を助けるという目的であって、日本の防衛はついでというか・・」
「まあ、口だけだったということかな。本気で防衛する気などなかっただろう。本当に日本の対ソ連防衛を考えていたなら、沖縄に基地が集中するのがおかしい。本来なら北海道だろう」
「そうですね。北海道には米軍基地はないですよね」
「ソ連が責めてきたら自衛隊に対戦させて、自分たちはとっと逃げる時間の余裕を稼がせるためさ。沖縄は、その意味で安全な場所なんだ、米軍にとって。そして、ベトナム戦争時は最大の前線基地として使われた。今はイラクやアフガニスタンへの前線となっているが、昔と違って、軍には機動力があるし、距離的にも、もっと近い基地が他にあるのだけども、沖縄の方が都合がいいとなっている」
「え、どうして?」
「思いやり予算を日本が払うから、経費が安くつくためさ」
「え、そんな理由で」
「ああ、何たって全駐留経費の8割を日本がもっているんだ、そりゃ安くつくさ」
佐藤はバーボンで顔が赤らんでいた。ややしどろもどろの口調になってきている。龍司は、それでも訊きたいことがあった。
「ソ連はもう崩壊しましたけど、今、日本にとっては北朝鮮と中国という別の脅威がありますよね」
「ふふ、北朝鮮、確かに拉致とかけちなことをする国だが、自衛隊の相手にはならんよ。戦闘機さえ飛ばせない。だからあの国は核ミサイルの開発にいそしむんだ。核ミサイルに対抗する術は現状ではあり得ない。打ち上げられたら数分で到達さ。核に対抗するには報復としての核を保持するという抑止力で対抗するのが策だが、北朝鮮のような自暴自棄を武器にする国家相手に抑止力など通用するはずがないだろう」
「でも、中国は軍事力をどんどん拡張していっていて日本にとっては脅威でしょう」
「現状では、まだ自衛隊の方が軍備では上だ。だが、近い内に超える可能性がある」
「大変ですよね。尖閣諸島とかに攻め入ったりしたら、そのために米軍が必要では」
「だから、言っただろう。米軍は有事になったからといって自動的に対処してくれるわけではないと。それにアメリカは同盟国であれ、領土紛争に介入しないという方針になっている」
「え、それはどういうことですか?」
「八二年にイギリスとアルゼンチンの間でフォークランド紛争というのが起こったが、その時でさえ日本より絆の深いイギリスを応戦することはしなかった。そんな国さ。尖閣諸島に関しては、日本の施政下にあると言っているが、中国と領土権を巡って係争中だということで、日本の領土とまでは言っていない。それに日本が領土と主張する北方領土や竹島に関してはロシア領と韓国領としている。あくまで中立の立場だ」
「しかし、中国の脅威というのはあるのだから、米軍に頼らなければと思ってしまいますね」
「ふふ、アメリカと中国が対戦か。それも日本を巡ってか。あり得ないな」
「え、ちょっと待ってください。日本とアメリカの間には軍事条約はあるけど、アメリカと中国の間にはないでしょう。それに確か中国は核保有国ですよ」
「君は、アメリカと中国が今、どういう関係にあるのか知っているのかね。アメリカ製品と称していてメイド・イン・チャイナなんてラベルがあるのを多く見るだろう」
「は、はい。ああ、経済ではかなり親密ですよね」
「親密なんてものじゃない。切っても切れない相互依存関係だ。アメリカ製品の多くは中国の工場でつくられている。それによって、中国は莫大な貿易黒字を出しているが、一方でアメリカは膨大な赤字を出している。その結果だ。アメリカは莫大な借金を中国にしているということだ。日本よりも多くな。それはつまり、中国が米国債を購入することで補われ、両国は日中や日米以上に依存関係になっている。中国はアメリカに対しては米国債という核兵器よりも強大な兵器を持っているから、何ら脅威と感じていないだろう。アメリカにとっても東アジアでは日本を凌ぐ経済発展を遂げる中国の方が重要になっている。そんな日本のためにアメリカが中国に対し戦争をすると思うか。最近は経済に限らず軍事の面でも戦略パートナーになってきている。いずれは西太平洋を二分しようかなんて構想もあるくらいだ」
「げえ、それって、アメリカと中国は仲間同士ってことですか」
龍司は、佐藤の口から出る言葉に次から次へと衝撃を受けていた。今まで信じてきたことの真逆ばかりを知らされる。
「でも、そんなことなら、どうして米軍は、沖縄から出ていこうとしないのですか。戦略上、沖縄でなくてもいいのでしょう。思いやり予算で安くつくといっても、沖縄の人達が嫌がっているんだし、あんなにも辺奈古にこだわらなくても」
「へへ、アメリカにとっては実のところどうでもいいのさ」
「え、どうでもいいって、どういうことです。それなら、出ていってもいいということでしょう」
「普天間の移設の日米合意では、半分をここに、後半分をグアムに移すとなっている。だが、グアムへの移設に関しては日本が負担する分以外に、アメリカ側が負担する分もある。財政難のアメリカとしては、今になってそれが難しくなっているんだ」
「え、アメリカはグアムに移設すると困る?」
「そうさ、今のまま、普天間基地を継続して使えればその方が安くて済むということ。なので、合意通りにしろとごねて、先延ばしにすれば使い続けられるだろう。そして、その後の交渉としては、辺奈古がどうしても無理だというのなら、それは日本の責任だということで、賠償としてグアムへの全軍移設に変更する代わりに費用をより多く負担しろと要求する腹づもりなんだろう。ただ、辺奈古への移設になっても問題はない。どうせ日本の金で造られる基地だ。軍港も兼ね備えた最新基地をただでもらえるのだから、そりゃこの上ない。その後の維持費もほぼ日本の負担でやってもらえることになる。つまり、米軍にとってはどっちに転んでも痛くも痒くもないといったところだな」
「畜生、ふざけてやがる。散々こけにしやがって、だったら、こんな合意捨てて、思いやり予算も払うのやめてしまえばいいでしょう」
と龍司はついに怒り心頭となって佐藤に言葉を放った。
「そう、誰もがそう思うところだが、これまた国内の事情があって、そう出来ないんだな。まず、今度の滑走路計画だが、米軍よりも欲しがっているのは滑走路を建設するゼネコンだ」
「ああ、そうですね。地元の土建屋でしょう。確か、市長はその支援を受けているって」
「いや地元だけではない。今度の滑走路建設の大元は東京にある大手ゼネコンが請け負い、地元の業者は下請けとしておこぼれを貰う立場だ」
「じゃあ、ゼネコン利権欲しさに?」