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The El Andile Vision 第5章 Ep. 1

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 『無』(ヌール)が、イサスの口を借りて、答える。
 言葉の調子が一瞬、微妙な変化を見せた。
 人でない異物が話す言葉。
 ……それでも、相変わらず相手を嘲笑うような、耳に障るその響きは変わらない。
「できるものなら、力ずくでやってみるがいい」
 エルダーは、小さく息を吐き、目を閉じた。
「そうか……ならば、そうさせてもらう」
 彼の右手が静かに上がった。
 その手の周囲から見る見る白く冷たい焔が噴き上がる。
 それを見るなり、イサスの瞳が鋭い光を閃かせた。
 彼の持つ剣が青の焔を強めた。
 いや、剣だけではない。
 彼の体全身が、微かに青い燐光を発し始めている。
 と、見る間に激しく焔が噴き上がり、イサスの剣が焔と共に、エルダー・ヴァーンめがけて一気に走った。
 エルダーの掌から迸る白い焔がそれを受け止め、剣の動きは強固な焔の壁に阻まれて、止むなく動きを止めた。
「……こざかしい……!」
 イサスの口から、忌々しげな呟きが漏れた。
 しかし、彼はそれ以上剣を一寸たりとも相手の胸元に突き動かすことができなかった。
 明らかに、エルダー・ヴァーンの焔の力が闇の力を上回っていたのだ。
 イサスの額からじわじわと汗が滲む。
(……器が、まだ足りぬか……)
 『ヌール』と呼ばれたその魔物のひそかに呟く声が、イサスの脳内に響いた。
(……この肉体には、力に見あうだけの地盤が未だできておらぬか。止むを得ぬな。……まあ、だからこそ、この中へ入り込めたのだが)
 その目が激しい火花を散らして目の前の青年をますます強く睨み据えた。
「……おのれ、エルダー・ヴァーン……!」
 それは、ヌールの呪詛に満ちた叫びだった。
(……私は決してこやつを放さぬぞ。決して……!)
 目がかっと大きく見開かれると、青の焔がさらに高く舞い上がり、空を焼いた。
 勢いをつけて、真っ直ぐにエルダーの白焔に向かっていく。
 対するエルダーの額から、うっすらと汗の滴が伝い落ちていく。
 白焔が唸りを上げたかに見えた。
 ふたつの焔が火炎を上げて、凄まじい勢いで激突した。
 その瞬間、地を揺るがすような轟音がとどろき、眩いばかりの光が周囲一帯を覆った。
 人々はそのあまりの激しい光景に、恐れをなし、皆いっせいに地にひれ伏した。
 ……光は、潮が引くように、一瞬後には消え去っていた。
 そして――
 次に人々が顔を上げたとき、そこにはただひとり、銀髪の若き魔導士が、片手を庇うように押さえながら、立ち尽くしていた。
 その押さえる掌からさかんに噴き上がり、白くたなびく硝煙が、つい今しがた行われた闘いの凄まじさを、いかんなく物語っていた。
 エルダー・ヴァーンの表情を見ると、それはさらに明らかだった。
 彼の口元からは未だ荒い呼吸がひっきりなしに漏れている。
 その端正な顔は、襲いくる激痛に耐えきえれぬかのように、時折激しく苦悶に歪む。
 震え、硝煙を噴き出すその掌は、赤く焼け爛れていた。
 胸をべったりと染める血の色とあいまって、それは実に凄惨な姿に見えた。
 そして……
 その足元から少し距離を置いた先の地面に、イサス・ライヴァーの肉体がぐったりと横たわっていた。
「……あ、あんた、大丈夫かよ……!」
 ようやく口をきけるようになったレトウが、ぎこちなく声をかけた。
「――来るな!」
 近づこうとしたレトウを、エルダーの厳しい声が強く遮った。
 その声の強さに驚いて、レトウは自ずと足を止めた。
 いったい何で……と問い返すより先に、相手が口を切った。
「……まだ、体の周りに瘴気が纏わりついている。普通の人間は、近づかない方がいい。……そいつにも、だ」
 エルダーはそう言うと、目で数歩先の地面に倒れているイサスの方を指した。
 レトウはごくりと唾を飲み込み、思わず後退った。
「しかし、どうしたものかな。我々は、そいつを連れて帰らねばならぬのだが」
 そのとき、彼の後ろから太い声がして、モルディ・ルハトの巨躯が姿を見せた。
 モルディの顔色は心なしか生彩がなかったが、それでも何とか声に威厳をもたせようと努力している様子が窺えた。
「……そなたが、連れ帰ってくれるというのならば、任せてもよいが」
 エルダーはそれを見て、眉を上げた。
「……それは、できぬ」
 その素っ気ない答えにモルディは忽ち気色ばんだ。
「……なっ、なにっ……?」
 モルディは声を上げた。
「……これはユアン・コークさまの命なのだぞ!」
「私はユアン・コークに仕えているわけではない。おまえたちの指図は受けぬ」
 エルダーは悠然と言いのけた。
「それとも、身の危険を冒して、そいつを連れて行くか。……恐らく、今ならそいつに触れただけで、あの世行きになる可能性もあるがな。試してみるだけの勇気のある奴がいるか。……なんなら、隊長殿が自らなされてはいかがか」
 嘲笑うように、言う。
 その言葉に怒りを漲らせながらも、敢えて何とも言い返すことができない。
モルディは唸った。
「取り敢えず、ユアン・コーク殿には、私からあとで事情を申し上げておく。おまえたちは、いったんここから退くがよい。町の者たちが脅えるばかりだ」
 エルダーの言葉は有無を言わせぬ響きを帯びていた。
(……こんな魔導士ごときに……!)
 忌々しく思いながらも、モルディ・ルハトは言いたい言葉をぐっとこらえて、表向きは平静を装った。
 顎を上げて、肩をそびやかす。
「……ふん、まあよい。そなたがそうまで言うのなら、責任はすべてそなたと、そなたの主人とやらにとってもらおう。我々は、戻って、起こった事柄を申し述べておく」
 モルディはそう言うと、振り返り、残った部下たちに短く指示を下した。
 放心したティランは、しかし、その指示も耳に入らなかったように、その場に残ったままだった。
 モルディはちらりとそれを見やったが、馬鹿にしたように鼻を鳴らしただけで、敢えて何も言わず、他の部下たちを引き連れて、そのまま立ち去った。
 騎兵たちが立ち去ると、たちまち人々が動き出した。
 その人々の動きを背に、エルダー・ヴァーンはそっと倒れ伏したままの少年の元に近づいた。
 その動かぬ体を抱え起こす。
「……う……」
 体がぴくんと動き、色のない唇から微かな息が漏れた。
 瞼が、ゆっくりと持ち上げられる。
 イサスは、霞む視界の中に、銀髪の魔導士の姿をぼんやりと認めた。
 ――また、こいつか。
 ――しかし、何で、こいつがここに……?
 記憶が曖昧模糊としていて、自分の今置かれている状況がはっきりしない。
「……エル……ダー……ヴァー……ン……?」
 その瞳の色を覗いて、エルダー・ヴァーンはほっと息を吐いた。
 ――どうやら、本物のイサス・ライヴァーらしい。
「……俺……何を……して……たんだ……」
 イサスは呟きながら、そっと首を回して周りを見渡そうとした。
 その彼の頭をエルダーが、軽く押さえた。
「――駄目だ!……見るな」
 激しい語調に、思わずイサスの瞳が訝しむようにエルダーを見上げる。
 エルダーは、一瞬躊躇った。
「……今は……見ない方がいい……」
 彼は、ただそう言うと、そっと目を伏せた。