ジェラシー・イエロー ~翡翠堂幻想譚~
美咲は微笑んだ。幸せそうな、愛されている人間の自信が満ち溢れた笑顔だった。翔威も自然と笑顔になる。
婚約指輪といえばなんとなくダイヤモンドのイメージがあったが、美咲の指輪についている石は光を反射して輝いているが、どこか黄色がかっていて一見ダイヤモンドには見えない。女子ならばわかったのかもしれないが、残念ながら翔威は男子で、特に宝石に興味などなかった。
「きれいですね。何ていう宝石ですか?」
「実はダイヤモンドなんですよ。みんなそうは見えないっていうんですけどね」
女というものは、自分の話を聞いてもらいたい生き物だ。翔威という絶妙のタイミングで相槌を打つ聞き手を見つけ、美咲は生き生きと語り始めた。
美咲の恋人の実家は宝石商を営んでいるらしい。「彼自身は普通の会社員なんですけどね」と聞いてもいない情報まで付け加えてくれた。
ダイヤモンドは無色透明が普通だ。だが稀に、色付きのダイヤの原石が発掘される。色付きのものは基本的に価値は下がるのだが、青や緑といった色のダイヤは珍重され、通常よりも高値で取引される。《呪いのダイヤ》として有名なホープ・ダイヤモンドはブルー・ダイヤモンドである。
こうした知識も彼の受け売りなんですが、と言う美咲に対して「手伝っているわけでもないのに勉強している彼氏さんって、格好いいですね! 将来のこときちんと考えてるんですよ」と言うと美咲はますます口元を綻ばせた。
「黄色のダイヤモンドは一般的には価値が下がる方なんですが、これは特別なんです。なんでも彼の実家に伝わっている、家宝みたいなものだとか」
「へえ、黄色いダイヤモンド、初めて見たけどきれいですね」
「ありがとう。彼はその家宝を指輪に加工して、私に婚約指輪としてくれたんです」
何カラットあるのかわからないが、家にある数少ないダイヤモンドのジュエリーを思い返して見ても、美咲の指を彩っているのはかなり大きい部類であると予測される。
だが家宝を勝手に指輪にしていいのだろうか、と翔威は疑問を浮かべる。それは翠も同じだったらしく、それまで黙っていたのだが、
「家宝を婚約指輪としてもらえるなんて、美咲さんは恋人のご実家の方にも愛されていらっしゃるんですね」
と口を挟んだ。途端に美咲の表情に緊張が走った。
何か事情アリかな、と翔威は思ったがここは美咲が語り始めるまで何も言わずに待つのが吉だと判断した。余計なことを言って結局メインの話をしてもらえないのならば意味がない。
「……実は指輪はもらったんですけど、お互いの親に挨拶はまだなんです。彼の仕事が忙しくて、なかなか。土日も明るい時間帯は仕事があって、だからデートも夕食を一緒に食べに行くくらいしかできないのが続いてるんです」
翔威は思わず翠と視線を通わせた。おかしくない? そういう色を滲ませる。翠は翔威には何も言わずに、美咲に「まずは本当に霊の仕業かどうかを調べたいと思いますので、今度の日曜日にご自宅にお伺いしてもよろしいですか?」と尋ねた。
「じゃあ」
「ええ。ご依頼をお受けいたします」
美咲は翠の言葉にほっとしたような表情を浮かべていた。
「翠さん、高御原さん。ありがとうございます。それでは次の日曜日、お待ちしておりますので」
彼女は翠と翔威の両方に丁寧に礼をした。頭を下げた瞬間に、何かの花の匂いがした。いい匂いだなあ、と翔威は深呼吸をする。
美咲が出て行ってから、翠は「さて」と翔威に向き直る。
にぃ、という笑みを唇に刻んだその表情は、嫌な予感しかしなかった。だが逃げることもできなかった。
「美人なお姉さんに『お願い』されちゃった高御原翔威くんは、どうするのかな?」
首を捻ってクエスチョンマークをつけているものの、顔と口調は有無を言わせないもので、翔威はすべての抵抗を諦めてしまった。
作品名:ジェラシー・イエロー ~翡翠堂幻想譚~ 作家名:葉咲 透織