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葉咲 透織
葉咲 透織
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ジェラシー・イエロー ~翡翠堂幻想譚~

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第二章 白の依頼人





ベルの音で口論をしていた翔威と青年は一瞬黙った。白いワンピースを着た女性はびくりと怯えたような表情をした。それを見て、青年は穏やかな笑みを貼り付けた。
「いらっしゃいませお客様。ご案内いたします」
青年は優雅な仕草で女性を座席に案内する。放置された翔威は紅茶代をテーブルに置いて帰るのも気がひけて、そのまま立ち尽くしてしまった。青年は翔威をいないものとして扱う。それがなんとなく悔しかった。
「ご注文は?」
メニューを見せながら言うと、女性はそれに気を取られることなく、「あの」と切り出した。
「あなたが、翡翠堂の……?」
「ええ、マスターです。お困りですか、お客様」
メニューを伏せて置いた。
客の女性は力なく、頷いた。


まずはコーヒーを淹れましょう、と青年は優しく言い、カウンターの中に入った。
先ほど紅茶を淹れたときには丁寧に湯を沸かすところからだったにも関わらず、彼は女性がこちらを見ていないのをいいことに、インスタントの粉末をマグカップに入れた。翔威は見逃さなかった。そして紅茶を頼んでよかったと心底思う。おそらくコーヒーは好きではないのだろう。
「落ち着かないみたいですから、ブラックじゃなくてカフェオレにしようと思うんですが、いかがです?」
女性は上の空のまま、「お願いします」と言った。
冷蔵庫から牛乳を出し、湯で溶いたコーヒーに冷たいまま入れた。適当だ。自分と違って本当に客であるはずなのに、この扱いでいいのだろうか。
青年はカフェオレのマグカップを女性の前に置き、向かいの席に座った。
客の女性も見た目はそう悪くはなかった。
年の頃は二十代前半から半ばくらいで、上品な化粧をしていた。睫毛も唇も丁寧に塗られていて、頬はあどけない。落ち着いた茶色に染められた髪の毛は傷んではいないようで、欠かさずケアをしているのだろうことが容易に知れた。
おそらくは昔から、一定以上の容姿で生まれたために注目されることにもなれており、それでいて浮かないように計算されているのだろう。それが意識的であるにせよ、無意識であるにせよ。清楚なイメージを厭う人間はいない。きれいな憧れのお姉さん、といった風情だ。
だが、と翔威はその向かいに座っている青年を見る。
本性を知ってしまったが、顔だけは誰よりも美しい。男相手にそれはどうかと思うのだが、こういうのは理屈ではないらしい。
「佐川美咲と申します。こちらのことは、会社の親しい同僚からこれをもらって」
そう言うと小さな鞄の中から美咲は小さなカードを出した。
「名刺、ですか」
青年は柔和な表情を崩さないままだったが、翔威にはわかってしまった。怪訝な、あるいははっきりとした苛立ちの色だった。どうしてそんなものを持っているんだ。その目は雄弁にそう語っているのだが、自分の悩み事で頭がいっぱいの美咲は気がつかないのだった。
「ええ。私の話を聞いた彼女は、ポルターガイストではないかと言って、この名刺をくれたんです。それで私はここに来たんですが……」
「ああ、わかりました。それでは悩みをお話しください。ご相談は無料でございますから」
ここまで徹底した丁寧さだと、逆に胡散臭いよなあ、と翔威は改めて思った。だが美咲は青年の態度に安心をしたらしく、「信じてもらえるかどうかわからないですけれど」と前置きをした上で自分の身の上に起きていることを話し始めた。




カフェオレを一口飲んで、彼女は気持ちを落ち着ける。
「三ヶ月くらい前、だったかしら……急に家の中の様子がおかしくなるんです」
初めて遭遇したときには地震だと思った。だがかなり大きい揺れだったのに携帯の緊急地震速報は鳴らず、テレビでもネットでも、地震のニュースはやっていなかった。気のせいかもしれない。そのときはそう思った。近くで工事をしているからだ、と自分を納得させた。実際に家の前の道路は工事をしていた。だがよく考えるとそれもありえなかった。
「だって日曜日の、しかも夜の10時だったんです」
日曜日は休工日だし、そのうえ夜の10時と言えば平日でも工事をしているとは考えにくかった。次の日は朝から工事をしていたし、仕事から帰ってきた時間帯にはその日の作業は終わっていたのだ。
「それからです。決まって日曜日のその時間帯に、十分間、私の部屋だけ揺れるんです」
大きな地震があると怖いから、とテレビや家具は安定させるための工夫をしていた。だが集めていた食器や世話をしていた鉢植えが倒れて割れる。本棚から本がどさっと落ちてくる。
夜10時といえばかなり遅い時間帯なので壁の薄いワンルームマンションでは掃除機をかけることも躊躇われるし、昼間ショッピングやデートをしたりすると疲れているのに後片付けをしなくてはならず、月曜日は疲労感とともに出社するのが常だ。
「なるほど……直接怪我をしたり、ということはありませんか?」
「ええ。割れた食器を片付けるときに指を切ったりとか、そのくらいですね」
「三ヶ月前から、ということですが……何か変わったことはありませんでしたか?」
美咲は真剣に考えて、「特にはありませんね」と残念そうに言った。髪をかきあげる仕草をした美咲の指に光っている指輪を見て、翔威は「あ」と声を上げた。
そこで初めて二人は翔威の存在に気がついたようだった。美咲は「あら」と言う表情になったし、青年は美咲に見えないように露骨に嫌そうな顔をした。本当に外面だけはいい。
「……ええと、こちらの方は?」
美咲は戸惑っている。今まで自分は空気だったのに、こんなに注目を浴びてどうしよう、と翔威は焦って青年に目で助けを求める。
巨大な猫を被っている彼は、内心舌打ちをしたいのであろう気持ちを抑えて、美咲を安心させるためにより一層笑みを優しくした。直撃を食らったのだろう美咲は、頬を染めて目線を泳がせた。
「彼はうちのアルバイトの……」
青年は目線だけで翔威に何かを伝えている。空気を読むことには長けている翔威は、青年の言わんとしていることをすぐに察知して、「高御原です」と自己紹介をした。
「たかみはらさん、ですか……。ちなみにあの、マスターはなんとおっしゃるのですか?」
「そういえば自己紹介していませんでしたね。翡翠の翠、と書いてスイと申します」
へえ、と翔威は思ったが、賢明にも口を閉ざした。
「それで、高御原。何か気がついたのかい?」
気取ったような言い方にぞわぞわと虫唾が走るが、表情筋をありったけ動員してにっこり笑顔を作る。目の前の翠のように自然にはいかないが、基本的に美咲の眼中には自分は入っていないから大丈夫だろう。
「あの、美咲さんの、指」
「え?」
左手の薬指には指輪が光っていた。高校生の翔威でもその特別な意味は知っている。自分自身は彼女がいたことはないので、あげたことはないが、常識である。だがそこで初めて気づいた、というように翠は眉を寄せた。それがどうかしたのか? とまたも目だけで尋ねてくる翠に意外と常識がないんだな、と思いながらもうまく話を持っていく。
「それ、婚約指輪……ですよね?」
母や父がしている結婚指輪はシルバーの装飾のないシンプルなものだ。凝った装飾に輝く石をつけた指輪は婚約指輪に違いない。
「ええ……付き合っている恋人がくれたんです」