ジェラシー・イエロー ~翡翠堂幻想譚~
翔威がぱちぱちと豆鉄砲を食らった鳩のようになっていると、青年は更に激しく翔威を問い詰めにかかる。
「なぜ入れたのかって聞いてるんだ。ここは本当の客にしか見えないし、入れないんだぞ?」
「なんでって言われても……見えないとか入れないとか、訳わかんないよ!」
「ちっ。客じゃないなら紅茶出して損した……」
とんでもないことを言ってのける青年に、翔威はむっとした。
だいたい客に向かって「お前」呼ばわりはどうなんだ。さっきまでは猫を被っていたのか。
「おい、お前、名前は?」
「……」
人に名前を聞くときは、まず自分から。
そう言ってやりたかったのだが、翔威には根性と勇気が足りなかった。烈火のごとく怒り、不機嫌な美人というのは迫力があり、下手に逆らったら噛みつかれそうだと思ったのである。
「な・ま・え・は?」
「……高御原、翔威です。ええと、あなたは?」
どうでもいいだろ、と青年に返されてしまい、そうですね、としか言えない翔威だった。
「いいか。この店には結界が張ってある。俺の本業に関わる悩みを抱えた人間と、《人ならざるモノ》だけだ」
人ならざるモノ、というのが具体的には何かというのが非常に気になったが、翔威は口を挟むことができない。
青年は「お前は人間か?」となんとも失礼なことを聞いてくる。
「に、人間です!」
確かに少しばかり不思議な経験をしてきた祖父を持ち、その祖父関連でたぶん彼の言う《人ならざるモノ》に該当するのだろう世話役がついているものの、翔威自身はごく普通の人間に過ぎない。
「嘘をついても俺にはすぐにわかるぞ?」
「本当だってば!」
なら確認してやる、と青年は自分の手首についている銀の鎖をかざした。シンプルな作りのブレスレットだが、それがいったいなんだというんだ……翔威が考えていると、彼はその鎖を翔威の額に触れさせた。
その瞬間、
「いっ……てええええええええ!!!!!」
翔威は絶叫した。鋭い痛みが走った。静電気なのか。青年は帯電体質なのだろうか。額を撫で摩り、翔威は尋常じゃない痛みに涙目になりながら青年を恨みがましい目で睨む。
だが彼は意に介したような風でもなく、「ふん」と鎖と翔威を交互に見た。
「ただの人間にしては、《力》が無駄に高いな。無駄に」
無駄、と二度繰り返したのは嫌味なのだろう。
「力ってなに……?」
「まあ簡単に言ったら霊力って奴だな。だからお前は俺の張った結界を無意識のうちに越えられたんだろう。とんでもない馬鹿だ」
「馬鹿ってなんだよ!」
青年はにやりと笑った。
先ほどまでの営業スマイルよりもよっぽど「らしい」し、似合っている。苛烈な本来の性格にはこのあくどい笑みがぴったりだ。言わないけれど。
「もう、お金払って帰る! こんな失礼な店員のいる店、二度と来ない!」
「おお、帰れ帰れ。二度と来るな」
ひらひらと手を振って舌を出す青年。美形は何気ない馬鹿みたいな動作でも、どことなく決まって見えるからずるい。
財布から小銭を出してたたきつけようとしたところで、来客を告げるベルが鳴った。
作品名:ジェラシー・イエロー ~翡翠堂幻想譚~ 作家名:葉咲 透織