扉を開けたメール
棄てられた女はときどき聡一をはっきりとした目的もなく尾行した。ストーカー行為である。
ある日、聡一と妻の礼子は、四歳になったばかりの娘を連れ、外食をするために出かけた。
その女はレストランの外でタクシーの車内に隠れ、ガラス張りの店内の様子を窺っていた。
両親が席を立った瞬間、その女は店内に忍び込み幼い女の子を連れだした。発売されたばかりの大人気のゲーム、「たまごっち」を、その女は幼女に見せたのである。
女はゲームで釣ったおとなしい子供を、待たせていた車に連れ込み、多額の金を掴ませた運転手に発進を命じた。
それからのことも書かれていた。その女は幼女の名前は知っていたが、ともみと呼んでいたことである。だが、その理由は不明だった。
その少しあとに、幼女を監禁したことも書いてあった。それは、聡一への炎のような愛を、
閉じ込めるという意味での行為でもあったという。
また、その七年後に、聡一が妻と共に交通事故で亡くなったことも記していた。
誘拐犯の女はその時点で幼女を解放したかったが、自らの犯罪が発覚するのを怖れてできなかった。
保険会社の社員だった聡一が陶芸家、穂高聡介の息子だったことを、敬子は今も知らないのだろうか。聡一がひき逃げ犯だったことも、恐らく彼女は知らなかったのだろう。それを知っているのは、穂高聡介と花山慶喜だけだった。
敬子は海外へ移住することを、作品の最後に宣言していた。花山がリビングに戻ると、間もなく穂高も困惑した顔で戻ってきた。