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扉を開けたメール

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縁の不思議



 花山は何日か前に検索したパソコンの無料サイトをまた画面に出し、思い切って入会してみた。会員数が二十万人以上という高齢者のサイトで、とにかく何らかの情報と知恵を得たいと思った。
 ともみを戸籍のある人間にさせてあげたい。そう思う。そのための知恵を、人生経験豊富な人々から授かりたい。ハンドルネームは「デコちゃん」で登録した。趣味は創作。高校生だった頃から、小説風の文章をノートなどに書きためていた。その数は百冊以上にもなる。但し、完結したものは一編もなかった。
 会員の日記から読み始めた。登山を始めたら毎週のように山歩きをするようになったという女性。韓国語を勉強し始めて一年を過ぎ、いつの間にか人に教えるまでに上達した女性。韓国に友だちができ、その家を訪問したという。
 絵画に造詣の深い女性。美術展を観てまわることに生き甲斐を感じている。
 映画に詳しい人、音楽に詳しい人、海外に詳しい人、パソコンに詳しい人、政治に強い人、料理の達人。写真の達人、釣りの名人、賭けごとに夢中の人。
 様々な人と、この無料のパソコンサイトでは文字による対話ができる。会員の年齢層は高齢者ばかりではなかった。二十一歳という人も含まれていた。
 会社員、自由業、医師、教師、画家、イラストレーター、飲食店の経営者、農業従事者。
 猫が好きな人、犬をたくさん飼っている人、釣り船を持っている人、バイクライダー。
 創作広場のカテゴリにノンフィクションがある。パソコン教室を立ち上げた人の話が面白い。文章が巧みで、下手な小説より引き込まれた。
 或る陶芸家の文章を読んでこれだと思った。ハンドルネームが「かなのじいじ」。七十歳に近い男性だった。
 十四年前、孫の女の子が行方不明になったという。その日、繁華街の飲食店に、この人の息子夫婦が入った。四歳の女の子を連れていたが、料理の注文をすると、席で待っているように女の子に云い含め、夫婦はトイレへ行った。
 経営者と懇意だったことが災いした。経営者をあてにしていた。
 夫婦が席に戻ると女の子は消えていた。夫婦は必死になって探したが、華奈という名の女の子を発見することができなかった。華奈は素直でおとなしい、器量良しの女の子だった。
陶芸家にとって、華奈と云う孫は眼に入れても痛くない、愛おしい存在だった。華奈はむしろ息子夫婦以上に、陶芸家に懐いていた。息子夫婦も、陶芸家とその妻も、華奈をずっと探し続けた。
 華奈を探す旅に出た息子夫婦が、そのバスに乗車したのは今から七年前だった。酒酔い運転のダンプカーが、高速道路上でそのバスに追突した。バスは大破して炎上した。泥酔に近い状態だったダンプカーの運転手は軽い怪我で済み、息子夫婦は死亡した。
 陶芸家は十八歳になっている筈の華奈を、今も探している。
 「有力な情報をお待ちします」そう、結ばれていた。このサイトには、既に間島が入会していた。「未来の個タク」が間島のハンドルネームである。マイフレンド申請をするとすぐに承諾メールがきた。最後に「近いんだから顔を出せば」とあった。二階の百十二号室に行った。
 花山が名乗ると、安普請の薄いドアの中から「どうぞ」という声が聞こえた。ドアを開けると狭い台所があり、型板ガラスの入った引き戸を開けると六畳間だ。
 若い女性と巨漢の間島の取り合わせは、異様な趣だった。
「こんにちは。綾小路みかまろです」と、座布団の上に座っている娘は笑顔で云った。やや小柄に見えるのは、眼の錯覚かも知れない。隣に体積の大きな男が居た。美人系ではないが、親しめる顔立ちだった。
「去年会った筈だよ」
「そう、でしたよね。ええと……」
「ほら、お好み焼きの『ともちゃん』ですよ。あそこへ一緒に行ったじゃないですか」
 花山はショックだった。一年前に行ったことがあるとは意外だった。そのときも、二階にともみが閉じ込められていたのだと思うと、なんとも複雑な気持ちだ。
「この人に、酒酔い運転は重罪だから罰金を貯めておけなんて、云いましたよね」
「……そんなこと云いました?全然憶えてませんよ。アルツハイマーか?」
「とにかく、アルツのおっちゃん、座ってよ」
 間島は立ち上がってもう一枚座布団を出し、台所へ行った。花山は座った。
「アドレス交換したことも忘れていたそうですね」
「そうなんです『あやさん』とは誰か、暫く判らなかったんですよ」
「あの人のトークは昔のお嬢さんたちに、凄く失礼なことを云うでしょ。だけど、本当は物凄く感謝しながら云ってるのね。そして、こんなこと云ってもいいのかな?って、常に心配しながらでしょう。その葛藤とスリルがたまらないの」
「ドツキ漫才のつまらなさと較べると雲泥の差ですね。顔の表情や動作のおかしさだけで笑わせるというのは、相当に次元が低いと思いますよ」
「その通り!わたしもデコちゃんにマイフレ申請しょっと。わたしもあのサイトに入会したんです」 
 間島が水割りを持ってきてくれた。
「だけど、どういう風の吹きまわしで入会したわけ?」
 花山は水割りの礼を云った。そして、
「それはともかく、『かなのじいじ』という人の文章を大至急読んでもらいたいんだ。創作ページのノンフィクション。短いから読んで」
「創作ページは読まない主義なんだよ」
「ともみさんの運命を変えるかも知れないんだよ」
「ともみさんって、凄く痩せてたわね、心配だわ」
「えっ!会ったんですか?」
「今日、店へ行ってきたからね」
「店が開いてたんだ!」
 現在の時刻はもう、午後十時だった。
「昨日温泉旅行から帰ってきたらしい」
「そうだったのか。温泉に行きたいって、云ってたからな」
「で、『かなのじいじ』という人と、どう関連する?」
「ずっと前から、行方不明の孫を探してるんだって。今生きてれば十八歳の女性だというからさ、ともみさんに会ってもらおうかと思うんだ」
「そこへ押しつけるわけ?」
「戸籍がないというのはやばいからね」
「DNA鑑定でばれるよ」
「両親は七年前に亡くなってるんだ」
「そのおじいさんがいい人だったらいいけど……」
 美香は心配顔になっている。
「敬子さんが寂しがるよ」
「先に心配ばかりしてたら何も始まらないよ」
「とりあえずマイフレ申請だな」
「伝言じゃだめ?」
「裏技を教えるよ。ほかの人に知られたくないことはミニメールが普通だけど、それはマイフレ同士ということになってるだろ?」
「だからマイフレ申請しろというわけだね」
「しかし、伝言で親しくなってからにしてくれなんていう人が多い、断られる場合もあるからさ、
裏技が必要なんだ」
「マイフレじゃない人にミニメールを送る方法はないよね」
「そうよ。できないわ」
「ところがね、マイフレ申請をするという形でほかの人に知られたくない内容を送れば、
実質は誰にでもミニメールできることになる」
「未来の個タクさんは頭いいわね!」
「さすが!国立中退!」
「中退は余計だよ!」
「ところで、オフ会というのは会員が集まって、実際に顔を合わせることだよね」
「今のこの状態がオフ会のようなものだな」
「そう云えば、そうだね。入会してから二時間でオフ会だよ。これは絶対に新記録だ!」

作品名:扉を開けたメール 作家名:マナーモード