花、無、世界
屋上の風に吹かれる。私はただ青空を見上げて、声にならない叫びをあげる。叫びは空に吸い込まれてまた無になる。
地面に目をやれば、屋上のアスファルトに壊れた植木鉢がひとつ倒れていた。もう、枯れた草花。死んだ花。
私は花。あなたは花。人は皆、花。
そしてまた、ある人間を思い出す。
もう一人。「藤」という人間がいた。
藤は花の名を持つにふさわしい、儚くて寂しい人間だった。それをうつくしいと呼ぶのかもしれない。淡い光のよう。
藤は花を手にしながら言った。
”花は散ってゆく。それは無なのか…。誰にもわからないよ。無を欲しがることなんてない。花はただ散る…。”
私は藤がその花を散らしたがっているように思えた。それでいて、花の永遠を願っているのかもしれない。藤は闇の中でも微かな光を望む心を持っていたから。私はどうしようもなく切ない気持ちになる。
人はどうして矛盾した願いを持ってしまうんだろう…。心は混沌として、熱くて、泣きそうになるんだろう。いつだって苦しむために生きているみたいだ。
花は色鮮やかで苦しいよ。
私は先ほど見つけた植木鉢の枯れた花を千切り、手のひらで握りしめた。
ぐらり。
闇の中に落とされていくようだ。私は目眩を起こし、ゆらりと足元がおぼつかなくて、うずくまる。
瞳を閉じる。暗闇は落ち着く。すべてを忘れて私を包んでくれるような気がするから。穏やかなものは少しずつ心を侵食して、いつの間にか真っ暗闇に溶けてしまうのだろう。やさしい、やさしい真っ暗、闇。
れいの、瞳。
ふと、瞼の裏にあなたの瞳がよみがえる。あまりに眩しくて、怖くて私は泣きだした。涙が次から次へと流れ落ち、私は水に濡れた。いつまでも、嗚咽を抑えて泣いていた。
この涙は汚らわしいのだから。
なぜかは分からないけれど、私があなたの瞳を望むことはひどく汚いことだと思えた。
だから、
だから、涙なんて流しちゃいけないんだ。