一期一会
「お気をつけてお帰りください」
澤田の妻だった。泣きそうな顔に見えた。
「澤田さんご一家も気をつけてくださいね」
しのぶがそう云い、確かに涙ぐんでいる。早川はそれを見て、しのぶに対する認識を改めることになった。
「握手」
そう云って、笑顔のさえらが手を差し伸べた。それに喚起されて六人がそれぞれ握手をした。
「待ってください!」
駆けてきたのはフロントの娘だった。
「つまらないものですけど、これをお持ち帰りください」
澤田と早川に、手のひらサイズのビニール袋が手渡された。その中には、黒っぽいものが入っている。そして「日本一杏の里、杏ぼし」と手書きの文字が印刷されたラベルが入っていた。早川は早速、中からひとかけら出して口に入れた。石のように硬く、何も味がない。
「杏の種を抜いて、ただ天日干ししたものです。わたしの家でつくりました。ずっと噛んでいると杏の味が広がるんです」