一期一会
木立の奥から親子連れが現れたので早川は驚いた。「見晴らし」ということばを思いだして立ち上がり、木立の奥へ向かった。
その先は風呂つきの展望台だった。千曲川に浸食されてできた盆地に広がる街並みに、
無数の明かりが灯されていた。感動のあまり風呂に浸かるのも忘れ、彼は美しい夜景に見とれていた。暫く経ってから湯船に入ったが、気温が高いせいかのぼせ気味になった。
その近くに置いてあった白い肘掛椅子に座ってぼんやりと景色を眺めていた。
ワンメーターの客が多くて憂鬱だった木曜日が、ずっと昔のことのようだった。
コンビニで買った総菜を食べながら、ナビをテレビに切り替えて旅番組の映像を眺めていた。露天風呂を夢見ながら東京の街を迷走していたのが、僅か数日前の晩のこととは思えなかった。
魅力的な女性の声が早川の耳元で、「このままどこか遠くへ行きたいな」と、囁くように云った。助手席の背もたれを抱くようにしている女性客が、振り向くと想像以上に美しいので驚かされた。
「どこか行きたいところはありますか?」
「沖縄へ連れてって」
早川はしのぶの声だと気付いた。もう一度よく見ると、確かにしのぶだった。