一期一会
早川が説明を聞き終わると、しのぶが笑顔で云った。
「この人も東京でタクシーに乗ってるんです」
乗務員も急に笑顔になった。
「そうなんですか。いい車に乗ってるからどこかの社長さんかと思いましたよ。東京だと稼げるんですね」
「この車は助手席の美女の車なんです。私は東京で一番稼げない乗務員ですから、自分の車なんて十年前からありませんよ」
早川はしのぶを差して云った。彼は笑っていた。乗務員はちょっと困ったような顔をした。
「ところで、このあたりの景気はどうなんですか?」
「タクシーで生活している人なんて、いませんよ。みんな農業と二足のわらじです」
「じゃあ、田植えと収穫のときに出稼ぎにきますよ」
「なるほど、それはいい考えですね。橋を渡って二本目を左折ですから、気を付けて行ってください」
早川としのぶとさえらは乗務員に礼を云った。早川はすいている道路に車を出して土産物屋を目指した。
「さえらちゃんは勉強家だね。漢字の練習をしてるんだね。偉いぞ」