一期一会
二人は立ち上がり、玄関に向かって歩きだした。さえらは殆ど寝ぼけたような顔で、ふらふらしながら従いてくる。
廊下や階段を歩く大勢の女子大生らしき娘たちには、早川は無関心だった。しのぶの魅力の前では、どの娘も小学生のようなものだった。
玄関の近くのガラスケースの中に、幾つもの北アルプスの山を登頂したという、たくましい猫に関する本があった。
「面白そうね。すみません。この本を一冊ください」
しのぶと同年輩らしい女性従業員が走ってきた。
玄関の前の広場には百人以上の娘たちがいて騒いでいた。その中をしのぶは、買ったばかりの本ではらうようにしながら、ごめんね、通してね、と云いながら歩いて行った。娘たちは、あの人女優かな?雑誌で見たことあるよ、などと云っていた。
そうなのだろうか。そう思うと早川は落ち着かない気持ちになった。テレビも映画も、勿論舞台も殆ど観ない早川は、最近の女優は一人も知らなかった。仮にしのぶが女優だとしても、早川にとってそれは意味のないことである。