一期一会
中に入ってみると、何かの合宿なのだろう、女子大生らしき若い娘たちが大勢いた。
「二階の休憩室で待ち合わせね。わたしも温泉大好きなの。早川さんのおかげですね。感謝していますよ」
改めてしのぶの笑顔の美しさに、早川は感銘をうけながら返答した。
「お礼を云うべきなのは私のほうです。感謝していますよ」
「御苦労さま」
早川に向かってそう云ったのは、さえらだった。しのぶはロッカーを使うときに必要だからだと云い、百円硬貨を一枚、早川に手渡した。
早川は二人と別れると真っ先にトイレへ行き、それから風呂場へ行った。
旅館の外観からは想像できない、リニューアルしたばかりらしい広い浴場だった。数人の先客がいて、浴槽のまわりで話をしていた。
急いで身体を洗い、髭を剃った早川は、やや熱めの湯に入った。ことばでは表現できない温泉の香りと湯けむりに包まれると、彼は昨日からの幸福感をまた味わっていた。山ときれいな空気と温泉がある土地に住めないだろうかと、彼は思った。タクシーの乗務員が低収入なのはどこでも同じなのだ。それならばストレスをためながら都会で不満な暮らしを
続けるより、美しい自然に囲まれながら暮らしたい。早川は半ば真剣に、そう思った。