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短編01「乙女の苦悩~江夏豊妃紗(えなつとよひさ)の21球~

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 東洋鯉高校の最後の攻撃となる9回表となった。1点さということもあり、追加点が欲しいのか積極的に攻撃しているようにみえる。お、先頭バッターのお坊ちゃんの兄がセンター前ヒットで出塁しやがった。しかし、ファウル3回でフルカウントまで粘ってやがるな……。たまたまか?
「行かなきゃ」
 隣の坊ちゃんがつぶやく。
「は?」
「行かなきゃ!」
 一瞬だった、目立った動きをしなかったから油断していた。俺を突き飛ばすと、車のドアを開け外へ行ってしまった。しまった! 逃げられた! 俺も車を飛び出してお坊ちゃんを追い始めようとしたが、人の波にのまれうまいこと前に進めずにいた。
「おまえ、世間知らずにもほどがあるぞ! どうなるか、わかっているのかよ!?」
「世間知らず? そんなの知らなくていいよ! 僕は僕の意思で行くんだ!」
 人混みのどこからか、そんな声が聞こえた。


「おい、豊それは本当かよ!?」
 9回表の攻撃前、私は兄である志郎に仁郎の誘拐のことを話した。もう、いてもたってもいられなくて、自分でもどうにかなりそうだったのだ。
 交代した7回はどうにか抑えても、これが後2回も残ってるなんて心臓に悪すぎるからだ。
「本当よ。その証拠にいないでしょ? 仁郎の姿」
 そう、仁郎も同じく、野球部員だったのだが、レギュラーではなかったので応援席にいるはずだった。しかし、その姿がないのである。
「いや、そりゃそうだけど……それでおまえは……」
「ええ、負けろと言われたのよ」
 半ば諦め気味に言い放った。志郎は、拳を自分の太ともに叩きつけた。
「畜生! よりにもよって豊を脅迫するなんて! それで、どうするんだよ、おまえは!?」
 鬼気迫る顔で志郎は言った。けれど、私も私自身でどうしたらいいかわからないのだ。このまま最終回で逆転負けされるべきか否か……。
「わかるわけ無いでしょ!? どうしたら……うぅ……」
 思わず泣きそうになった。だめだ。今は試合中だ。そんなことをやってる場合じゃ……。悟られないように汗を拭く降りをするため、顔をタオルに埋める。
「おい、逃げられる可能性はあるのか?」
「えっ?」
 志郎は立ち上がり、ヘルメットをかぶり、こちらを見た。
「だから、逃げられるかってきいてんだよ?」
「わからない……どこにいるのかもわからなくて……」
「そうか……」
 それだけ言って、志郎はグラウンドを向きベンチから出る。そして、もう一度こちらを振り返り、
「ならば、少しでも俺が時間を稼ぐ。なんだかんだであいつは、俺の弟だきっと逃げてくれるはずだ! だから勝とう!」
「志郎……」
 そして、宣言通りファウルや見送りで時間を稼ぎ、ヒットを打った。
 志郎は一塁でこちらを見てガッツポーズをした。そうだ信じよう。きっと仁郎は来るんだ!


 僕は人混みをかき分け走っていた。走りながら、警察に連絡し件の内容を話した。
 最初は信じていなかったが、組の名前を出した途端、声の雰囲気が変わっていた。
 僕は観客席ではなく、選手の入場する方へ向かっていった。警備員の隙を見つけ中に入る。そう目指すは東洋鯉のベンチだ。そこなら、僕の声が聞こえる。
「待ってて、豊! 絶対来るから!!」


 ついに9回裏となった。ベンチに立ち投球練習をする。体はすっかり温まっているが、小雨の影響で若干マウンドがきついぐらいか……。キャッチャーの志郎が私の所へ来る。
「すまん、時間、そんなに稼げなかった」
 結局あの後、後続は続かなかった。私は首を横に振り否定した。
「ううん、いいわよ。気にすることじゃないわ」
 志郎は納得したのか、ふうと息を吐くと、
「そうか、よしこうなったら勝つぞ。おまえが抑えて終わるぞ!」
「ええ!」
 互いのグローブを合わせてから、志郎は戻っていった。さあ、今から最終回だ!
 先頭は6番からか。
 大きく振りかぶり左腕をしならせ、放つ。私の優勝への第1級は渾身のジャイロボールだ。今まで数えるほどにしか打たれていないこのボールだ――!? 私は思わず振り返った。打たれたのだった。きれいなセンター前ヒットだった。
 まさか、初球から!? まずは一球見てくるかと思ったのに……。
 無死一塁。私はロージンバックを触り落ち着かせる。予想外の初球打ちにリズムを崩された……。その時だった。
 ベンチから山根君がやってきた。え? どうゆこと? 内野にチームメイトもマウンドに集まる。少し遅れて志郎もやってくる。
「どうしたのよ?」
 山根君は何も言わず、ベンチを指さした。その先にいたのは――仁郎だった。
「仁郎、逃げ切れたのか……」
 志郎がこぼす。
「仁郎が、豊に伝言だとよ『僕は無事だから思いっきりやって!』だとよ。何のことだか知らんが、頼んだぜ」
 私の頭をぽんと叩くと、山根君はベンチへ戻っていった。そして、志郎の方を向くと、
「志郎……」
「んだよ? 急に女みたいな顔しやがって」
 なっ! 慌てて顔を触る。ちょっと熱い。
「何変なこというのよ!?」
「その様子なら、大丈夫だな。安心しろおまえは独りじゃねえよ。後ろに7人そして、おまえの球を受けるのはこの俺だ。安心してぶつけてこい」
 周りのみんなも同じことを言ってくれた。こんな時に女ってあれだと思う。涙が出そうだ。
「みんな……ありがとう……」
「ばーか、それは勝ってから言えよ。それじゃ行くぜ」
 志郎の言葉を合図にみんな戻っていった。みんあ……ありがとう。私は今一度帽子をかぶり直すと、続くバッターをにらんだ。どうやら、相手も代走を送ってきた。勝負に出たか。
 第2球目、志郎のサインは盗塁を警戒して、外すようきた。指示通り、私は一球外す。もちろんボール。さて、次はどうする? 一塁を確認するリードを取ってはいるが、どうだろうか……。志郎の指示はもう一球外せとのことだ。
 第3級目も外へボール。続く4球目は、インハイのストレートは見逃しのストライク。
 5球目、志郎のサインはアウトローのジャイロ……。投げた! 判定はボールだが、瞬間志郎が送球する。相手が盗塁をした――が、送球が低く難しいバウンドになってしまい悪送球。そのまま、三塁まで走ってしまった。
 これでカウント1ストライク3ボールの無死三塁――しまったな……。志郎も、悔やんでも悔やみきれない顔をしている。私は問題ないよと笑った。それを見て安心したのか、再び構え直した。
 さあ6球目は……ボール球の要求どうやら、敬遠策に出たみたいだ。要求通りボール。これで一・三塁。そして再び代走を一塁へ送ってきた。さてさて、これは困ったぞ……。
 再びロージンバックを触る。白煙が足下に舞う。
 7球目はやや高めのストレート。振りかぶり、投げる――高めに浮いてしまいボールとなってしまった。続く8球目の要求は、外中のぎりぎりのジャイロ。相手は途中でバットを止めたが、ハーフスイングを取られてストライクとなった。