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短編01「乙女の苦悩~江夏豊妃紗(えなつとよひさ)の21球~

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 というものだった。どうやら、あっちの組と取引先の組が仕方が無いので甲子園大会の結果を賭けようということとなり、私が負けることで誘拐犯さん側の組に有利になるらしい……。それならば、負けてしまえばいいのだがそんなことは、私が許せなかった。みんなでやっと掴んだ目標の場所への切符。そして、今まさに全国の頂点に立てるかもしれないというのに、そんなのを私の勝手でダメにしてしまうわけにはいかない……。
「おい、豊どうしたんだよ?」
 私が一人佇んでいると、声が聞こえた。ゆっくりと顔を上げると、少し彫りが深い男子が心配そうに見た。彼は山根君だ。ここまで大会を勝ち進むにあたって絶対に外せない、うちのエースだ。彼が7〜8回まで投げて私が抑えるというのが必勝パターンだ。そうだ! 彼に今回は最後まで投げてもらえるよう頼めばいい。そうすれば、私は試合に出ないから条件もくそも……いや、ダメだ。『出場して』だ。するのは絶対条件だった……。
「おいおい、緊張してんのか? 安心しろって! この俺がきっちり投げてやるからおまえはいつも通りに後を抑えればいいだよ!」
 ぽんと私の頭に手を乗せる。違うのよ、そうじゃなくて……。
 思いっきり言いたかったが、言えるはずもなく、
「そうだよね、うん。ごめんね」
 とまで言うのが精一杯だった……。山根君はにっこり笑って、
「よっしゃんじゃ練習始まるし行こうぜ」
 そう言って走っていった。


「さて、ここなら試合がよく見えるな……」
 俺と水沼議員のお坊ちゃんは、甲子園球場外の駐車場にいた。やはり決勝戦ということもあってか、どの道も観客で埋め尽くされていた。ここなら逃げられん。仮に逃げられてもこの人の波なら無理だな。
 しかしうちの会長も変わった条件を出したものだ。まあいい。俺はただ仕事をこなすだけだ。
 さて、ここまでストッパーとして無失点のお嬢さんはどうするかな……。
 俺はにやにやしながら、ワンセグをNHKに合わせ眺めていた。


「プレイボール!」
 ついに試合が始まった。とうとう後戻りできない。しかしどうしたらいいんだ……。困った。本当に困った。挙げ句の果てには、試合前に監督からも、
「最後までよろしくな」
 って言うし……プレッシャーというよりも、別の意味で不安定よ……。まるで、一人無人島にいるようだ。味方がヒットを打ってベンチが盛り上がっても、私はよくわからなくなっていた……。
 せめて、圧倒的点差で負けていればそんなやきもきもしなくなる……いや何を言っているんだ。そうだ勝たなきゃいけないんだ。でも、勝ったら……。
「あーーーーもうっ!!」
 一人ベンチで叫んでいたら、隣にいたマネージャーの京子がびっくりして目を丸くしてこちらを見ていた。しまった、思わず声に出してしまった。京子は心配そうにこちらを見つめる。いかん、かわいい……。
「豊先輩大丈夫ですか? やっぱり不安――だったりします? 女の子一人選手として、ここにいたら……」
「いや、違うのよ。まーなんていうか……」
 頼むから、そんな悲しそうな顔をしないでくれ、抱きしめたくなる。私は少しでも気を紛らわせようと、スコアボードを確認した。
 3回終わって2対0、こちらがリードしていた。


 ダメだ。どうにかして、逃げ出さないと……。いつまでも豊に迷惑をかけちゃいけないんだ! 僕は誘拐犯に見えないように右手を握る。爪が当たって痛い……けど、豊はもっと痛いはずなんだ……。
「まっ、おまえさんは黙って見てるしかないわな。おまえの幼なじみが無様にやられるところをな」
 試合を見ながら誘拐犯はそう言った。そうだ、僕が無事だってことを言えなきゃ、豊は本気で戦えない。どうにかして、どうにかして球場に入らないと……。
 僕は車の中で脱出の方法を模索していた。


「豊、そろそろだ準備しておけ」
 監督が私にそう言った。今は6回の表4対2でこちらが勝っている。私はベンチから立ち上がると、肩を温めるためにキャッチボールを始めた。
 いよいよ来てしまったか……。私はどこか上の空でボールを投げていた。どうにもこうにもといった感じだった。この回誘拐された仁郎の双子の兄、水沼志郎が勝ち越し2ランを放って、こちらの得点を4としていた。ベンチも勝ち越しをして盛り上がっている。
 さて、どうしたものか……。わざとヒットを打たれてリズムが崩れて〜をしてしまうか? それとも……。いやいや何を考えているんだ。私は頭を振って変な考えを消し去る。勝つんだ。何がなんでも勝つしかないんだ。小雨が降るなか私はキャッチボールを続ける。


「さて、いよいよお嬢さんの登板か〜?」
 6回の裏、大近高校が1点を返し4対3として、7回の表となった。この接戦だと早いうちからの登板もありえそうだぞ。事実、お嬢さんの高校は接戦だと早い段階から、交代をしている。そういえば、さっきホームランを打ったやつも水沼だったな。
「おい、もしかして、さっきホームラン打ったやつおまえの兄弟か何かか?」
「志郎兄さんは僕の双子の兄だよ。僕と違ってスポーツ万能だし、すごい選手なんだ」
 不貞不貞しい態度でそう答えた。なるほどねえ。それなら、こっちに脅迫かければよかったんじゃなかろうか、と思ったがまあいい。さて、試合はいよいよ7回裏となった。お、ベンチが動き出したぞ。
「豊だ……」
 どうやら、選手の交代らしい。お嬢さんがマウンドにあがる。しかし、まさか女子高生が甲子園のマウンドに立つなんて日がくるとはねえ。俺の頃とは偉い違いだ。これも世の中の変化というやつか……。まっ、こいつの場合はただの客寄せパンダじゃなくて、実力でここまで来たみたいだがな……。
「豊はジャイロボールが得意なんだ。あとはスライダーとカーブ。んでもってフォークも投げられたかな」
 へえ、ジャイロボールねえ。それで女子高生ながら男子高校生相手に勝負できていたわけねえ。
 ジャイロボールというのは、ボールの進行方向に回転軸が向いているのが特徴であり、ボールの進行方向に対して回転軸が垂直になっているバックスピンなどとは空気抵抗やマグヌス効果から受ける影響が異なる。また、ボールの回転の軌跡が螺旋になることから螺旋回転(ドリルのような回転)するボールとも表現されるらしい。
 まあ、素人知識で言っちまうと、ジャイロボールってのはいつまでも待ってもなかなか来ないボールって認識でいいんじゃないだろうか? なんで、こんなに知っているのかって? 会長が野球好きだと嫌でもんな知識が入ってしまうものだ。
 交代して、お嬢さんがマウンドに立った瞬間歓声が大きくなった。さすがは人気者といったところか。あっという間に7回を三者三振で終わらせた。
「おいおい、勝っちゃダメだってのがわかってねえのかよ……」
「違う。豊はチームのみんなのために戦っているんだ!」
 ああ、そうかい。
 小雨の降る中の試合だがお嬢さんは8回も同じく抑えてしまった。本当に勝っちまうつもりか? いいのかよ……。脅迫した側だが、不安になってくる。こいつ、約束忘れているんじゃないか?