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夏の恋

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「リエ、何かあったの?」
リエは泣き虫だった。殊に夜になると、ほんのちょっとしたでも、思い出して涙ぐむことがある、タカシはそんな話を何度か聞いたことがあった。泣きべそをかいたときのリエの声は、まるで幼子に戻ったようなとても可愛らしいて弱々しい声になってしまう。身体はもうとっくの昔に大人なのに。声はリエの心を的確に表現しているに過ぎない。それは、時間を逆行し、精神まで子供に戻ってしまったかのようだ。夜はリエを変えてしまうのだ。
「何でもないの……」
「いいから、言ってごらん」
「あのね……」とリエはためらいながら大切な人がなくなったことを語った。
「小さい時に思ったことがあるの。手がない人がトカゲの尻尾が切れてもまた生えてきたらいいのにと思ったことがあるの」と涙ぐんだ。
 話を聞いているうちにどうしてもリエを抱きしめたいと思いにタカシは駆られた。

その日も夏日だった。朝から強い日差しが照りつけていた。リエの装いは黒でどう見ても夏らしくなかった。昼頃には三十度を軽く超えているような暑さの中、彼女は暑いわねと言いながらも涼しげな顔でいた。
木立が見える喫茶店に涼を求めた。
窓辺の席で、アイスコーヒーを飲みながら話をした。
木立の先端が風で揺れていた。それはあたかも、夏の光りの中で、緑の炎が揺れているかのように見えた。リエの席からはそれが見えない。
リエは、話の合間に、時折、ここではない、どこか遠くを見ているような、あるいは夢でも見ているような不思議な瞳をしていることにタカシは気づいた。
「どこを見ている?」
リエは少し驚いた顔をして、
「今、自分の世界に入っていたの」とくすっと笑った。
呆れるのを通り越して、ただ、タカシはじっとリエの顔を見た。
「そんなに見ないでよ」と子供が照れるように顔を背けた。
話し方にその人の歩いてきた人生が出てくるとするなら、リエの人生は実に穏やかで恵まれたものであったに違いない。そういった中で彼女の優しい性格は育まれてきたのだろう。
リエの言葉遣いは丁寧で女性らしい。今の若者のように乱暴な言い方はしなし、何よりも相手を傷つけまいとする思いやりがあった。
「リエは変わっているね。君みたいな女性は滅多にいない」と正直に告白した。
「やっぱり、リエは変わっている?」
タカシはうなずいた。
「自分でも時々、そう思うの」とリエは笑った。
タカシもそれにつられて笑った。
「リエ、君はタカシにとって異邦人のようだ。育ってきた環境も、夢も、人生の目的も、何かかもが違う。だから、ひかれてしまう」
「リエはまだ子供なの」
 
そこは 街の中心部にある高層ホテル。初めて一夜過ごすことになった。
部屋に入ると、すぐにリエを抱きしめた。リエの唇を強く吸い、服を脱がそうとした。
「何もしないと約束したでしょ?」
そんな約束をリエは信じているのだろうか?
「何もしない。だだ、リエが愛しいから……リエの全てにキスしたい」
「ねえ、シャワーを浴びたいの」
タカシは手を離した。
「入ってきたらだめよ」
何か試すような、あるいは誘っているのかもしれない不思議な瞳をした。
「約束するよ」
リエは浴室に消えた。しばらくして、シャワーの音がした。その間、部屋の明かりを暗くし、服を脱いでベッドに横たわり、タバコを吸った。
リエが浴室から出てきた。バスタオルを巻いたリエは何かに導かれたかのように窓辺に行った。リエに寄り添った。
眼下に宝石を散りばめたような街の明かりが見えた。
「綺麗な月ね」
リエは小声で呟いた。それはあたかも自分自身にでも囁くかのようであった。見上げると、殆ど円形に近い黄金色の月があった。
「不思議ね」
「何が?」
「こうやって、あなたと見るなんて……」とリエは微笑んだ。
「少しも不思議じゃない。運命さ」
「運命?」
「ひょっとしたら、月が二人をこうやって導いたのかもしれない」
単なる戯れ言であった。
「月が二人を導いたの?」とリエはオウムのように繰り返した。
美しい夏の満月はリエの大きな瞳を捉えて離さない。
「リエ」と呼んだ。
リエは顔をむけた。
 夜は人を変える。特に月夜の晩は。月明かりをじっと見ていると、誰でも何か不思議な思いが込み上げてくる。タカシはその思いを抑えることはできなかった。
 突然、リエを強く抱きしめた。
「好きだ」と耳元に囁いた。
リエは黙ったままだ。
リエの髪を撫ぜ、その耳を唇で愛撫したいつかは終わりが来ることは分かっていた。ただ、そのいつかが予想したくなかっただけだった。リエは溜め息とも喘ぎともつかない声を上げた。タカシはバスタオルをそっと取った。
「だめよ」と言ったが、それは必ずしも咎めているのではない。
白い小さな布切れのような下着をつけたリエが月明かりの中で露となった。
「カーテンを閉めて」
「リエの裸を見てみたいんだ」
「だめよ」と羞恥心に満ちた声を上げた。
仕方なくカーテンを閉めた。それでも、部屋はどことなく明るい。月の明かりが微かなカーテンの隙間から零れてくるせいだろう。
リエはベッドに横たわった。リエの側で、リエの髪を撫ぜ、リエの裸体を眺めた。肉付きのよいリエの裸体がはっきりと分かった。それでも、カーテンを閉めたという事実に、リエは安心したみたいだった。リエはその大きな瞳を閉じていた。
リエの唇は果てしなく吸い、それからリエの首筋をキスをして、やがて、リエの豊かな乳房を激しく吸った。リエはその度に身体をよじらせ鋭く応えた。
「リエは楽器のようだね」
そう、リエは楽器のように、演奏者の意図に忠実に応えた。強く吸えば大きく喘ぎ、軽く触れれば、微かに喘ぐ。まるで、楽器のように忠実に応えた。
「どうして?」
タカシは答えなかった。
リエの下半身に手をやろうとすると、リエは軽い拒絶を示した。
「だめよ」
「何が?」
「あなたって意地悪ね」とリエは甘えるような口調で言った。
「リエのことが好きで堪らないんだ」
「だめよ、約束でしょ?」
確かに約束はした。
「何もしないよ、でも、リエの全てにキスをしたいだけ……」
リエの下着をゆっくりと剥いだ。幼子が母親に任せるように、リエは素直にそれに従った。その次の夜も同じホテルに泊まった。
同じように月を見ながら話した。
 タカシはビール缶を片手に聞いた。
「リエはお父さんが好きだったの。ずっと昔だけど、でも、リエが十三の時、死んだの。とても悲しくて……」
リエはその時のことを思い出したのであろうか。少し涙くんだ。
「悲しみは時が解決してくれると思う?」
突然の質問になんて答えたらいいのか分からなかった。
「私は嘘だと思っていた。時間は何も解決してくれるはずがないと思っていた。でも、時間は無情なのね、悲しみを遠く記憶の底に沈めてしまうのね。あんなに悲しかったのに。あんなにも、悲しい夢を何度も見たのに」
いつも絶やさぬ笑顔にそんな悲しみが隠されているとは知らなかった。
「リエにそんな過去があるが知らなかった」
「そんなふうに見えない?」
リエは謎に満ちた微笑を浮かべた。
「リエは不思議だよ」
「そう」
作品名:夏の恋 作家名:楡井英夫