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サイレント-交叉-

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男は、女を抱きしめたが、キスはしなかった。
(昼ランチの餃子、まだ匂うかな・・・)
女は、小首を傾げて(何故?)と尋ねる。
男は、笑って誤魔化したが、顔までは暗さで読み取れなかっただろう。
男は、女を抱きしめた。体に冷えた体温を感じた。
せめてもと、寄せた頬に温かい息を掛けた。
女は目を閉じる。
(しまった。やっぱり匂ったか・・・)
目を見開き、様子を窺ってもさほど見えるものではない。
なおも抱きしめた。女は目を閉じ、男に凭れた。
抱きしめられ息を止めている気がする。
おそらく、女の脳内に長い苦痛が浮かんでいるに違いない。
数分ただ抱き合ってたたずんだ。
男の腕が女から解かれた。
女は見上げる。その表情は、ほっと安堵したように柔らかに優しかった。
「帰ります。ありがとう」
(え?もう帰っちゃうの!)
男は、やや強引に女の手を握ると、来た方向へと歩き始めた。
二つ目の角を曲がり、少し坂を上がったところに停めた車に戻った。
男は、助手席のドアを開け女を乗せた。
運転席に座った男は、ダッシュボードを開け女に手渡した。
「今夜は、送れない。これ使って」
温もりが女の手に広がる。
「カイロ・・・」
(このまま引き止めては気の毒だ。いや嫌われてしまうかも)
「いい夜だったよ。またね」
車を下りた女は、振り返らず歩いた。
(ああ、あんなにあっさり帰って行くなんて・・・)
僅かに女の香りの残る上着の衿を握りしめて、静かに後悔を抱きしめた。
(ああ、なんてことだ。ガソリンは入ってないし、おまけににんにく臭。
しゃべらなかったのが唯一の気遣いか。散々なデートだ)
男は、女の後姿に両手を合わせ、軽く謝った。

    ― 了 ―
作品名:サイレント-交叉- 作家名:甜茶