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サイレント-交叉-

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近づくシルエットを斜から眺める。
怖いもの見たさと言わんばかりの体勢だ。
「え、うそ?」
人影は、目の前に来て確認できた。
「本当でしょ」
「嬉しい」
「どうして?」
「理由がいる?」
「じゃあ理由も聞かない。だから質問もしない。何も話さない」
男は、何も言わなくなった。
ここへ来た理由はともかく、何故自動車じゃないのか?
男は、女を抱きしめるが、キスはしない。
女は、小首を傾げて(何故?)と尋ねる。
男は、笑みらしきを浮かべるが、その意図たるところまでは暗さで読み取れない。
抱きしめられた体に違う体温を感じた。
寄せた頬に温かい息を感じた。
女は目を閉じる。目を開けていてもさほど見えるものは変わらない。
抱きしめられる腕の力が変わるわけでもない。
なのに、目を閉じ、男に凭れ、抱きしめられているだけで伝わる気がする。
おそらく、女の脳内の都合の良いストーリーが浮かんでいるに過ぎない。
数分ただ抱き合ってたたずんだ。
男の腕が女から解かれた。
女は見上げる。その表情は、柔らかに優しかった。
「帰ります。ありがとう」
男は、女の手を握ると、来た方向へと歩き始めた。
二つ目の角を曲がり、少し坂を上がったところに男の車があった。
男は、助手席のドアを開け女を乗せた。
運転席に座った男は、ダッシュボードを開け女に手渡した。
「今夜は、送れない。これ使って」
温もりが女の手に広がる。
「カイロ・・・」
「いい夜だったよ。またね」
車を下りた女は、振り返らず歩いた。
僅かに男の香りの残るカイロを握りしめて、静かな恋を抱きしめた。


    ― 了 ―


作品名:サイレント-交叉- 作家名:甜茶