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『喧嘩百景』第6話成瀬薫VS緒方竜

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 「許さないわ、あたしが、絶対」
 二人は暫く睨み合った。
 「何でなんや…」
 先に折れたのは竜の方だった。眉を八の字にして彩子から視線を逸らす。
 「ごめんなさいね。悪いのはあたしたちの方だっていうのは解ってるのよ。でも、普通の人は、一生殴り合いなんてしなくても暮らしていけるわけじゃない?あの人はやらないで済むことで痛い思いや苦しい思いをしたくないのよ」
 彩子は困ったように曖昧な笑みを浮かべた。
 ――誰かてせんで済むならしとうはないわい。
 「したら、一生そういうヤなもんから逃げ回っとくつもりなんか」
「できるものならね」
「痛うても苦しゅうても守らなならんもんかてあるやろ。俺はプライド捨ててまで楽しようとは思わへん」
「プライドを捨てても守らなければならないものもあるのよ」
 彩子の口調は静かだった。竜を説得しようというような調子ではない。昔話を聞かせるように彩子は言った。
 「緒方くん、守りたいものがいっぱいあっても、実際守れるものはごく僅かなの。薫ちゃんはね、自分の周りに波風を立てないことがなるべく多くのものを守れる方法だと思っているのよ。誰もが羅牙や美希ちゃんのように強いわけじゃないの、解るわね」
 竜は彩子の言葉をぎいっと噛み締めた。
 プライドを捨てても守らなければならないもの――――。
 そんな大事なものなら、痛い思いをしたって苦しい思いをしたって、傷だらけになってでも守らなければならないのではないのか。
 ――ただ逃げ回っとるだけで、何でそいつを守れるっちゅうんか。
 「そんなん、解らへん」
 竜は彩子の言葉の意味するところには思い至らなかった。
 「――緒方くん、裕紀くんと浩己くんを見てても解らない?」
 彩子は心苦しそうに二人の名前を口にした。
 「銀狐、か?何で――」
 二人は彩子たちが卒業してから入ってきた新入生だ。彩子があの二人のどんな事情を、そもそも何故、知っているというのか。
 「あの子たちは優しいから、もし、羅牙や美希ちゃんや日栄くんがいなかったら、もうここにはいないわ」
彩子は訳知り顔に言って溜息を吐いた。
 羅牙と美希。強さの喩え。
 「そらどうゆう――」
言いかけて竜は漸く気が付いた。認めたくはないがあの二人くらいでないと安心できないってことなのか。