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『喧嘩百景』第6話成瀬薫VS緒方竜

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 彩子はすうっと手を伸ばして人差し指で竜の眉間を押さえた。
 「緒方くん、あたしたちを見るときにそうやって眉間に縦皺入れるのやめてくれないかしら」
 「彩子はん…」
 竜は彩子に押されて後ずさりすると額に手をやった。
 ――眉間に皺て、俺、そないに気にして…。
 「気に入らないんでしょ。薫ちゃんの日和見」
 彩子は幼なじみらしく遠慮のない言い回しで薫を評した。
 竜はちょっと考えてから思い切って
「その上八方美人で優柔不断ときとる」
と付け足した。
 「よく解ってくれてるじゃない。なら、もう、勝負勝負って追い掛けるのは勘弁してもらえないかしら?」
 彩子は竜に目配せして歩き始めた。学校に隣接する公園に向かう。
 竜は彩子について公園に入っていった。
 「薫ちゃんには全くやる気がないんだから、緒方くんの不戦勝よ」
 竜はまた眉間に力を入れた。
 薫の全くやる気がないっていうのは、弱い奴がしっぽを巻いて逃げ回っているというのとは違う。――俺にしてみりゃ、相手にもされへんかったっちゅうこっちゃ。勘弁できるかいな。
 「じゃあ」
と言って彩子は振り返った。
「緒方くんの不戦敗というのはどう?」意地悪な問いかけだった。
 「嫌や。それだけは絶対にありえへん」
竜は即座に言い返した。
「俺は今まで負ける思て、喧嘩したことなんかあらへん。勝負なんてやってみなわからへんやんか」
 竜にはその言葉だけが頼りだった。成瀬薫は恐らく自分より強い。心の奥底では判っていた。しかし、それを認めるわけにはいかなかった。やってみなければ判らない。薫の強さを見たこともないのに。
 「彩子はん、あん人、俺より強いんか」
 あまりに真っ直ぐな瞳を向ける竜に、
「今はそうね、まだ薫ちゃんの方が強いでしょうね。でも、あの人はもう鈍っていく一方だから、すぐに緒方くんの方が強くなるわ」
と彩子は笑って見せた。
 「俺は、そんなん嫌や」
 先のことなんかどうでもいい、今の、強い成瀬薫に勝てなくては意味がない。
 「不戦敗は認められない?」
 「当たり前や」
 「じゃ」と言って彩子は公園の中を先へと進んでいった。
「これで、認めてあげてもらえないかしら」
彩子が示したのは高さ二メートル以上はある庭園用の巨石だった。