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『喧嘩百景』第6話成瀬薫VS緒方竜

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 克紀は愛想良く笑ってカウンター席に腰を下ろした。彼がここへ来ることは珍しくはない。お茶会同好会のメンバーではなかったが、妹の少(すくな)を連れてよく出入りしていた。
 「よう、今日は一人か」
 薫もいつものように愛想良く応対した。
 克紀はくすりと笑って、
「相変わらずですね。この間のことはお咎めなしですか」
と、視線をカウンターの上の自分の手首に落とした。
 薫は自然とその視線を追った。
 克紀が袖口を少し引き上げると、銀色の細身の時計が姿を現す。
 女物の――時計。
 「咎め立てしたところでお前が聞くとも思えん」
 「――何事も、やってみなけりゃ判らないでしょ」
 克紀はゆっくりと腕を上げながら、視線を上げた。
 薫の視線が腕の動きについて上がってくる。
 二人の視線が合う。
 「――緒方先輩、また随分ストレスを溜め込んでましたよ」
 克紀はにこっと笑って頬杖をついた。
 「お前……」
薫は克紀の笑顔から目が離せなくなっていることに気がついた。
「あいつにまた何か仕掛けたのか…」
 佐々克紀が催眠暗示を使うことを知っていたはずなのに、まんまと引っかかった。竜はもっともっと単純だからなぁ。薫は自由にならない身体を動かそうとすることはさっさと諦めた。
 「あの人には仕掛けるまでもありませんよ」
克紀は言葉を区切った。
「あなたが本気になるだけだ」
 ――暗示、か。
 薫は眉を顰めた。胸が痛む。しかし――――軽い。
 「俺は筋金入りの腰抜けだからな。お前ごときに唆(そそのか)されたからっておいそれとは本気になったりしないよ」
 「その性格は直した方がいいんじゃないですか」
 克紀は頬杖を外して腕をカウンターにおいた。
「ブラックを」
時計がこつりと音を立てる。――引っ掻いたくらいの暗示じゃあだめか。楽しませてはくれないなぁ。
 克紀は薫が彼の好みに合わせて淹れた濃いめのコーヒーに口を付けた。

★          ★

 「緒方くん」
 校門を出たところで竜は呼び止められた。
 「彩子はん」
 いつからそこで待っていたのか、校門の脇で内藤彩子が立っていた。
 ――わざわざ向こうから出向いて来るやなんて、どういう風の吹き回しや。