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『喧嘩百景』第6話成瀬薫VS緒方竜

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 「何でや?何でそう思う?」
 日栄一賀との方が付き合いの古い二人が意外な答えを返したので、竜は眉を顰めた。二人は成瀬薫が卒業してから入ってきた一年生だ。中学が同じだった一賀のことはともかく、薫のことを何故そんなふうに評価できるのか。一年間付き合った竜でさえ薫の実力については評価しかねているというのに。
 双子は、そっくりな顔を見合わせて、
「一つにはあの日栄さんが大人しく連(つる)んでるから」
と、彼らにしたらもっともな理由を挙げた。
「緒方さんだってあの人の気性は知ってるでしょ」
 付け加えられたとおり、確かに元の日栄一賀なら薫のようなもめ事嫌いの日和見主義者など相手にもしないだろう。
 「ふん、で?」
 でも、一賀は機嫌良く薫と付き合っていた。何故か。
 「で、もう一つには成瀬さん自身がそう思ってるから」
 銀狐とあだ名される双子が日栄一賀より成瀬薫の方が上だと評価するもう一つの理由は、その評価と同様意外なものだった。竜は、ぽかんと口を開けてポーズをとると、すぐ渋い顔に作り替えた。
 「何…やと。ほなあいつ、口ではあないなことばっか言(ゆ)うといて、腹ん中じゃ自分の方が上や思うとったいうことかいな」
 「まあ、そう言っても間違いじゃありませんけど」
 「でもたぶん、『本気でやれば』、日栄さんの体調を抜きにしても成瀬さんの方が上手(うわて)だと思いますよ」
 浩己は「本気でやれば」、というところに力を入れて言った。
 「ただあの人を本気にさせるのはまず無理だと思いますけど」
 裕紀が肩を竦めた。
 それは竜が一番よく知っている。どんなに挑発しても成瀬薫の態度は変わらない。竜と一賀の勝負を止めるために間に割って入って、竜を吹っ飛ばすほどの蹴りを喰らわせたときでさえ全く本気ではなかった。
 だからこそ、成瀬薫の本気が見てみたいのだ。
 「日栄一賀と――もう一戦やらかしたらどうや?」
 後輩に、伺いを立てるように、ゆっくりと竜は訊いた。
 「だめです。それは俺たちがさせません」
 案の定二人はすぐに首を横に振った。
 「緒方さんとじゃあの人が保(も)たない。成瀬さんが来る前に俺たちが止めますよ」