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拝み屋 葵 【伍】 ― 薫陶成性 ―

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 *  *  *

 広場正面から見て右手、峠道の麓側に位置する廃店舗は、何を取り扱っていたのかをその外観から推し量ることは叶わなかった。
 正面入口にはシャッターが下ろされており、裏口も木材でしっかりと固定されていたため、葵は早々と店内に入ることを諦めた。
 三人の妖怪にできるのは、せいぜい聞き耳を立てることぐらいであり、裏手に回って視界から隠れることさえできれば、何も店内に入る必要はないのだ。
 葵は、艶女の妖怪に導かれるまま裏手に進んだ。
 艶女の妖怪は、店舗の真裏あたりで動きを止める。そして、葵に背中を向けたまま、肩越しに話し始めた。
「あたしらはね、元の棲み処を追われてここに流れ着いた。ここの親分さんには良くしてもらったよ。ここが襲撃を受けたとき、親分さんは自分を囮にして、この山とこの森の皆を逃がした。親分さんは、あたしらの目の前で力尽きちまったんだよ。この広場でさ」
 艶女の妖怪は、その当時に思いを廻らせるように空を見上げ、しんみりさせちまったね
、と正面に向き直った。
「親分さんの後を継いで、散り散りになった皆をここに呼び戻せたらってね。分かっちゃいるんだよ、新しい場所で、新しい関係を築いているんだってことはね。あたしらだってそうだ。長い時が過ぎて、ここにも新たな妖怪がやって来た。今更あたしらがシマを主張したって、耳を貸しやしない」
 そう自嘲した艶女の妖怪は、なんとも艶かしく、儚く、そして美しかった。
「ここに残っても、この呪縛に取り込まれちまうか、新たな妖怪に喰われちまうかの二つに一つ。だからあの二人には、新しい場所を見つけてもらって、そこで親分さんの心意気を受け継いでもらいたいんだよ」
「あんたは消えてしまうで? それでええのんか?」
「見くびってもらっちゃ困るよ。あたしがそうしたいからそう言ってるんだ」
 葵は、喉まで出掛かった言葉を呑み込んだ。
 三人で協力してこの地を治めることはできなかったのか。三人の話を聞いた今、葵は心底そう思っている。皆、同じ思いであったのに、と。そして、三人のうち一人を犠牲にしなければならぬ現実を、懸命に振り払おうとしている。
 葵は守りたかった。若い男の妖怪も、翁の妖怪も、艶女の妖怪も、そして、今もその三人に慕われ続けている、この地で力尽きた妖怪の思いも。
 犠牲の上に成り立つ幸福など、真の幸福ではない。それは理想だ。そして甘い幻想でもある。しかし、非情になれることもまた強さの証。犠牲を出さぬという理想は、非情になれぬ言い訳にしてはならない。己の弱さを隠すために、理想の二文字を振りかざしてはならないのだ。
 葵は、師ならばどうするだろうか、と思った。
 私に不可能ということはない。師は平然とそう言うだろう。いや、ドヤ顔で言うかもしれないし、分かっているだろうに、と笑うだけかもしれない。
「大丈夫かい?」
 黙して動かぬ葵に、艶女の妖怪が問い掛ける。
 葵は迷っていた。迷ってはいたが、答えは分かっていた。
 自らが良しと思うことを、善しと思うことを、ただ貫くだけだ。社会が、自然が、そして世界がそれを拒むのなら、拒んだのなら、淘汰を受け入れ、反省し、成長の糧とするのみだ。
 それは勝者の弁である。成功した者だけが、達成した者だけが語ることを許される。葵とて分かっているのだ。聞こえのいい言葉に変えただけであることを。
 即ち、挑戦者になれるかどうか。敗者となる覚悟を持った者だけが、真の挑戦する者となることができる。
「やるか、やらへんか、それだけや」
 葵は自分に言い聞かせる。
 犠牲を伴わねばならなかったあの頃とは違うのだから。
「そろそろ戻ろか。あの二人が待ちくたびれてしまうわ」

 *  *  *

 再び広場の中央に戻った葵は、三人の妖怪と向き合った。
「決めたで」
 皆が葵の指名を待っていた。
 自分以外の誰かが呼ばれることを望んでいる。たとえそのことを話して聞かせたとしても、誰一人として認めはしないだろう。認めたとしても、今度は“誰が残るか”という争いになるのは目に見えている。
 解呪自体は容易である。しかし、正規の呪法で縛られているのではないため、解呪に際して衝撃が発生してしまう。店の守護として縛られてしまった三人は、店が潰れ人の出入りがなくなったことで、満足に大地の精を吸えなくなり、弱りきってしまった。解呪の衝撃には耐えられず、その存在を維持できなくなる。
 本人が自分の手で呪縛を破るしかない。しかし、三人にはそれだけの妖力がない。
 解決策は分かっている。大地の精を供給し、妖力を取り戻させればいい。問題は、同時に大地の精を供給することができない、ということだ。三人どころか、二人同時にも供給することはできない。
 一人ずつ大地の精を供給し、順に解放していけば、最後の一人は決して助からない。そして三人の妖怪は、自分が最後の一人にならんとしている。
 葵は皆を守りたかった。だから、守るとはどういうことかを考えた。
 三人の妖怪の願いは“最後の一人になりたい”ではなく、“二人を助けたい”というものだ。であれば、三人の願いを、三人から依頼をすべて達成することは可能だ。
「誰に流すんでい?」若い男の妖怪が問う。
「ウチや」
「どういうつもりじゃ」翁の妖怪が驚きを表す。
「今から、大地の精をギリギリまで吸いあげるねん」
「あたしら干乾びちまうじゃないか」艶女の妖怪が抗議する。
「あんたらは、ウチから吸ったったらえぇ」
 葵はさらりと言い放った。
 三人の妖怪は葵が何を言っているのかを理解できずに、ある者は目を皿のように丸くし、ある者は口をだらしなく開き、ある者はまばたきを忘れた。
 ―― 大地の精、此処に集え
 葵が発したのは、大体そんな意味の言葉だ。
 地の底から昇りくる鳴動は、肉体ではなく魂を揺さぶり、魂に響く。普通の人間には感知できない。それは、生命を生命たらしめるもの。
 地面から染み出した無数の光体は、蛍のように淡く光を放ちながら、綿胞子のように優しく浮かび、日没を迎えて薄暗くなっていた広場をほんのりと照らした。
 葵はぶつぶつと呪文を唱え、陣を築いていった。
「これから、呪縛の場所を変える。あんたらが縛られる対象が、この土地からウチに変わるっちゅうことやな」
「解放してくれるんじゃなかったのか!? ふざけんな!」
 葵は口角を吊り上げ、ニィィ、と笑う。
「本気と書いてマジやで。受け容れや。拒絶すると全員が死んでまうで」
 “全員”には葵も含まれる。葵本人は勿論のこと、三人の妖怪もそれを理解している。
「心配せずとも、今のわしらに抗う術はない。しかし、そうやって連れ去ったところで、大人しく従う道理はなかろう」
「従わすつもりなんか、これっぽっちもあらへんによってな」
「どういうことだい?」
「気に入ったんや」
「は?」
 三人の妖怪は、声を合わせた。