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拝み屋 葵 【伍】 ― 薫陶成性 ―

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 *  *  *

 ―― 信用できる者を選別して頂きたい

 そう申し出たのが三人のうちの誰であったかなどは、葵にとって実に些細なことである。
 抜け駆けせぬ者。先に力を取り戻しても、残る二人を殲滅せぬ者。葵は三人のうちから一人、信用に足る者を選ぶことになった。
「ささ、こっちへ来てくんな」
 若い男の妖怪が葵を誘ったその先は、広場正面から見て左手、峠道の奥側に位置する廃店舗であった。白と黒の簡潔な外観からは、うどんそばを扱う麺処だと容易に推測できる。
 若い男の妖怪は、正面入口から店舗内へと姿を消した。
「ちょい待ちや」
 正面入口は木板で打ち付けられており、更には鎖でがっちりと施錠されていた。生身の人間である葵には、そこを通過することなどできようはずがない。
「なんでい?」
 若い男の妖怪は、にゅっと顔だけを出し、不思議そうに問い返す。
「入られへん」
 葵は両手を腰にやり、抗議を送る。
「退魔師のくせに、壁抜けもできねぇのかい?」
「“拝み屋”や」
「同じじゃねぇか。裏に回ってくれ、そっから時々人間が入ってくる」
 愛は、峠道に出る幽霊について調べに来た。そして、この地に縛られた妖怪の仕業であることが判明した。その妖怪は言った。自分たちを解放してくれと。
 退魔師は、妖怪の言葉に耳を貸さない。ただただ祓い清めるだけだ。ましてや吹けば飛ぶような妖力しか持たぬ妖怪の頼みなど、引き受けたところで見返りもない。下手に解放してしまえば、力を取り戻したのちに人の世の害ともなりかねない。
 世に一切の悪を赦さず。
 それが、葵の知る退魔師たちの信条だ。
 人の世を思っているのならばまだいい。だが退魔師の多くは、己の能力を見せ付けんがために力を振るい、己の名を知らしめんがために、魔を払う。故に、力弱き者に構っている暇などはなく、問答無用となる。
 何のための力か。葵は何時如何なる場合においてもそれを忘れない。
「同じや、あらへんのよ」
 葵はぼそりと呟いた。
「そこだ」
 若い男の妖怪は、すい、と壁の向こうに消えた。
 葵の足元には、半分に折れ曲がった木板が転がっていた。それが、すぐそこにある裏口に打ち付けられていたものであり、剥がした際に折れてしまったのだということは、誰の目に見ても容易に想像できる。
 裏口のアルミ扉は、ノブを回すことで簡単に開いた。
 廃店舗の中は、葵が想像していたよりも遥かに綺麗であった。とはいえ、決して居心地の良いものではない。おぼろげに店内を照らすブラインドの隙間から僅かに差し込む陽光を頼りに、裏口から奥、正面入口方面へと進むと、空のペットボトルやスナック菓子の袋
があちこちに散乱しいるのが見て取れた。更に進めば、回収されぬまま残されたテーブルや椅子が、人為的に並び替えられており、それらから、侵入者の目的を察するのは容易いことであった。
「ははぁ、休憩所にしてるんやな」
 言わずもがな、不法侵入である。
 厨房を抜けた先で、若い男の妖怪が葵を待っていた。両の膝を地に付け、両の手は足の付け根に、そしてその表情には悲壮なる決意を湛えている。
「なんやのん。土下座したって意味あらへんで」
「頼む。あの二人を助けてやってくれ」
「へ?」
「精の流れを変える方法で助けられるのは、一度に一人ずつ。それは変えらんねぇ。一人が解放されちまうと、その分の精が残った二人の呪縛に振り分けられちまう。単純に五割増しになる計算だ。そこからまた精の流れを変えて二人目を解放すると――」
「今の三倍やな」
「そうだ。弱りきったおれたちは、三倍の呪力には抗しきれない。そしてこの廃屋の守護者となり、廃屋が故に力を失い、即座に消滅するだろう」
「それでええのんか? 敵同士やないんか?」
「あいつらとは長いことにらみ合ってきた敵同士だが、その前は味方だった。一緒にこの山野を守った仲間なんだ」
 葵は、ふぅん、と優しく笑うと、手近にあった椅子に腰掛けた。
「その話、ゆっくり聞かしてもらおうかいな」

 *  *  *

「さぁさぁ、はようはよう」
 翁の妖怪は、何度も手招きをして葵を呼んだ。
 広場正面から見て中央奥に位置する廃店舗は、屋根の明るい山吹色が際立つ洋食屋であった。勿論、元が付く。
 入口はガラス張りの丁字型で、正面左の扉が開錠されており、打ち付けられた木板の隙間から店舗内へと入ることができた。店舗内には、鼻を突く、とまではいかないが、その存在を確かに主張する刺激臭が立ち込めていた。
 アルコール、汗、煙草、コーヒー、その他諸々の飲食物。あまりにも多くのものが混じりあっていて、臭いの源を推測することは不可能であった。尤も、葵に推測する気などは微塵もなく、店舗内の惨状にただただ嘆息をもらすばかりであった。
 薄暗いフロアの中央に、ほんのりと光を放つ翁の妖怪の姿がある。深く彫り込まれた皺、顎から垂れる白い髭。柔和な微笑みはどこか寂しげで。
「のぅ、おヌシ」
「なんやのん」
 静かなる決意の元、緩やかに流れ出る言葉は、葵の心を暖かくもした。
「あの二人を救ってくださらんかの」
「へぇ」
「わしは、これより西の地に住んでおったのじゃが、ある妖怪の襲撃を受けてのぅ。この地に逃げ込んだのじゃ。当時、この地を治めておった先代様は、界隈では名の知れた妖怪でのぅ。わしを受け入れてくれたのじゃ。それからしばらく、西の地を襲った妖怪がこの地にもやって来た。先代様は果敢に立ち向かい、敗れた。敗れはしたものの、相手にも手傷を負わせておった。そこで、生き残った者の中で力の強かったわしら三人が、協力してトドメを差したのじゃ」
「ははぁ。それで、誰が後を継ぐかっちゅう争いになってもうたんやな」
「然り。わしと同様、あの二人もこの地に来たばかりの余所者じゃったからのぅ。わしは、なんとしてもこの手で先代様の地を守りたかったのじゃ」
「それがどうしてあの二人を救うっちゅう話になんねや?」
「先代様が守りたかったのは、この土地の支配権などではなかったのじゃ。妖力が弱って初めて気が付いた。先代様は、この地に住まうすべてのものを守っておった。であれば、あの二人も守らねばならぬ。あの二人を守ることこそ、先代様の後を継いだ証よ。そうしなければ、先代様に会わす顔がなかろう?」
 翁の妖怪は、皺を一層深めて笑った。
 葵も笑み返す。それは決してつられたものではなく。
「……もし、もしもの話じゃ。最初に解放された一人が、残る者を力を取り戻す前に始末しようとした場合は、わしがもう一人の盾になる。わしが時間を稼いでおる間に、残る一人を解放して欲しいのじゃ」
「それでええのんか?」
「簡単なことであろう? わしを三人目にすれば良いだけのこと。どのみち、三人目は助からぬのじゃから」