拝み屋 葵 【伍】 ― 薫陶成性 ―
名札に刻まれた『寺石』の二文字が、葵の心を貫く。
気付くことはできた。気付いていたはずだった。
決して珍しい苗字ではない。偶然の一致と呼ぶにはありふれた姓。けれど、右にも左にもいるような姓ではないことは間違いない。
二人は姉弟だったのだ。
弟の顛末を、事務的に報告せねばならぬ姉の気持ち。家族というものを知らぬ葵にも、その輪郭を想像することはできる。
葵は、口を真一文字に結ぶ。
太腿に置かれた両の手は、固く握られている。
葵は、歩み去る寺石の背が角に消えるまで、目を逸らさなかった。それだけしか、できなかった。
「アカンねん」
葵の髪が右へ左へと揺れる。
「力で、“ウチの正義”で抑えつけただけや。こんなん、アカンねん」
葵にも、正義の二文字を掲げる資格はない。
葵は、正義の二文字を掲げたことはない。自らを正義であると名乗ったこともない。驕ることなく、罪過から目を逸らすこともなく、ただ一歩ずつ進むのみ。
正義とは、悪を討つことではない。悪を為さぬことだ。
思いは変わらない。葵の中にある正義も、微塵も揺らいではいない。
けれど、葵の心は晴れず、葛藤は深まるばかりであった。
― 『正義』 了 ―
気付くことはできた。気付いていたはずだった。
決して珍しい苗字ではない。偶然の一致と呼ぶにはありふれた姓。けれど、右にも左にもいるような姓ではないことは間違いない。
二人は姉弟だったのだ。
弟の顛末を、事務的に報告せねばならぬ姉の気持ち。家族というものを知らぬ葵にも、その輪郭を想像することはできる。
葵は、口を真一文字に結ぶ。
太腿に置かれた両の手は、固く握られている。
葵は、歩み去る寺石の背が角に消えるまで、目を逸らさなかった。それだけしか、できなかった。
「アカンねん」
葵の髪が右へ左へと揺れる。
「力で、“ウチの正義”で抑えつけただけや。こんなん、アカンねん」
葵にも、正義の二文字を掲げる資格はない。
葵は、正義の二文字を掲げたことはない。自らを正義であると名乗ったこともない。驕ることなく、罪過から目を逸らすこともなく、ただ一歩ずつ進むのみ。
正義とは、悪を討つことではない。悪を為さぬことだ。
思いは変わらない。葵の中にある正義も、微塵も揺らいではいない。
けれど、葵の心は晴れず、葛藤は深まるばかりであった。
― 『正義』 了 ―
作品名:拝み屋 葵 【伍】 ― 薫陶成性 ― 作家名:村崎右近