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拝み屋 葵 【伍】 ― 薫陶成性 ―

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「分かっていてお訊ねになるとは。僕に言わせたいんですか? でも無駄ですよ。僕の師は高名な方でしたからね。こんな若造に寝首を掻かれたなんて、とても公表できないでしょう。アイツは皆に疎まれていたんですよ。周囲の連中は、内心では消えてしまえばいいのにと思っていたんだ。僕の行動は正義だった。正義だったからこそ、罰されていない。まだ僕が組織の庇護下にあることが、何よりの証拠です」
「他人の無能を、自分の正当性にすり替えたらアカン」
「すり替えてなんかいませんよ。僕の行動は正しかった。これから先も正義を実行するために、力が要るんです。協力してもらいます」

 笑う寺石を見て、葵は蔑みを覚えた。そして、すぐに哀れみへと変わる。
 寺石は、自分が認められたと勘違いしてしまった。自分の正義が認められたと勘違いしてしまった。
 利用されているのだとしても、逆に利用してやればいい。寺石はそう考えている。
「イヤや」
「では、先輩には退場していただきます」
 完全な決裂を迎え、空気が一変する。
 葵の左後方に位置するカムイが、その場の誰よりも早く戦闘態勢に移行する。続いて、アストレアがコートのポケットから呪符を取り出し、態勢を整えた。
 葵は身体の向きを変えて、カムイを正面に捉える。カムイの構えから、戦闘スタイルがボクシングであると瞬時に判断し、一呼吸も挟むことなく一気に距離を詰めた。
 カムイは葵の突進を止めようと左ジャブを繰り出す。
 それを読んでいた葵は、身を屈めてジャブの下を潜る。カムイも避けられることを想定していなかったわけではない。右拳で打ち下ろす準備はできている。しかし、両者には決定的な違いがあった。
 それは“速度”である。
 カムイが繰り出した左ジャブを潜った葵は、そのまま一切の躊躇を持たずに懐に踏み込んだ。そのときカムイの右拳は、打ち下ろしを放つ予備動作で振り上げられている。
 八極拳・頂心肘。
 葵の左肘が、カムイの水月に打ち込まれる。即座に踏み込んだ左足に右足を引き寄せ、左半身(はんみ)から右半身へ。
 そうして身体を密着させた葵は、左手でカムイの右拳を制しつつ、屈めた身体を伸ばすと同時に、右の掌底でカムイの顎を突き上げた。
「あぁっ!」
 直後に響く、女の悲鳴。
 倒れゆくカムイに注意を向けてしまったアストレアは、接近してくる葵に気付けなかったのだ。気付いたのは、呪符を持つ右手を葵に掴まれたあとだった。
「アンタ、この呪符を人間に対して使うんか?」
「一度味わってみる? 止められなくなるわ、よ!」
 葵の目を狙う、左手親指の穿刺。その動きに躊躇はない。躊躇はないが、それだけだった。
 葵は手首を打ち、冷静に穿刺を止める。続いて、腹部に膝を埋め込む。前のめりになった相手の背後に回り、掴んだままの右手を極める。
 葵にも、躊躇はなかった。
「ああぁぁぁぁっ!!」
 再び響く、女の悲鳴。
 外れた肩を抑えてうずくまる女を、葵は冷淡に見下ろす。それから、一度寺石に視線を移し、向かってくる様子がないことを確認すると、再び女に視線を落とした。
「外れただけや。すぐに嵌めたるさかいな」
 そしてすぐに、三度目となる女の悲鳴が響いた。
 葵は寺石に向き直り、数歩前進する。
 一方の寺石は、言葉を失っていた。呆然と立ち尽くし、目の前の出来事を理解できていなかった。
「アンタ、魔性に魅入られたんや」
「僕……が? 魅入られた? 魔性に?」
 両手で頭を抱えた寺石は、よたよたと後退る。
 葵は寺石が後退した分だけ前進した。
「違うね!」
 寺石は目を見開き、両手を大きく広げる。
「僕の行動は正しかった! 正義は僕にあった! 僕にあったんだよ! 正義は!!」
 狂ったように声を張り上げる寺石。対照的に、葵は冷静だった。
「それはアンタの正義や。アンタが正義なんとは違う」
 すでに言葉は届かない。葵にはそれが悲しくて堪らない。
 排除は共存の対極にある。仮に、寺石の師が魔性に魅入られていたとしても、“魔性との共存”を標榜する以上、みだりに魔性を排除してはならなかったのだ。
 自ら掲げた掟を守ろうとせぬ者に、正義の二文字を掲げる資格はない。
「うるさい! 邪魔するな!」
「引き止めたのはアンタや。ウチだけならともかく、無関係な早苗まで巻き込もうとしててんから、このまま帰るわけにはいかへんやろ」
「僕より先にぶっ飛ばされるべき連中がいるはずだろ!?」
「小悪党は皆そう言うねん。覚悟は、ええな?」

 *  *  *

 大学構内の正面入口に近い位置にあるカフェは、学生は勿論のこと、外部の者も利用できるようになっている。尤も、平日の午後三時という時間帯に訪れる部外者は、極めて稀有な存在である。
 葵は冷めかけたコーヒーを口に含み、深いため息と共に窓の外に視線を投げた。
 一面のガラス窓の向こうに見える空は、厚い雲に覆われている。雨も雪も降らせぬただ厚いだけの雲は、風上から風下へとのんびりゆったり流れていた。
「お待たせしました」
「あ、おおきに」
 呆けていたところに声を掛けられて、葵は慌てて姿勢を正す。
 紺のカーディガン、白のブラウス、紺のベストとキュロットスカート。葵に声を掛けたのは、そんな典型的な事務員スタイルの女だった。
 周囲に誰もいないことを確認したのち、左手のバインダーで衝立を作り、声を潜めた。
「事務の連絡事項もあったし、丁度良かったの」
 この女は、葵が通う大学の学生課事務員であり、連絡員の一人でもある。人形(ひとがた)を使っての情報収集を得意としている。
 人形は、短い文章であれば特定の相手に伝達することもできる。葵も同様の術を使えるのだが、飛ばした人形から情報を得るまでには至っておらず、いわば“片道の伝書鳩”である。
「まずは寺石の件からね。三人とも病院に連れて行ったわ。女の子の肩は綺麗に入ってたから、大事をとって全治一週間ぐらいかしら。男の子は、腹部の打撲と脳震盪ね。頚椎に損傷は見られなかったわ。ちゃんと手加減できるようになったのね」
 葵は、同じ業界の武闘派の男を病院送りにしたことがある。それは、大学に入ったばかりの頃のことだ。それから四年が経とうとしている。
「その話はもうええやないですか」
「寺石は“長期入院”よ」
 寺石と正対し覚悟を問うたあの直後、葵が放った飛び回し蹴りの一閃によって勝敗が決している。頭部側面への打撃が、頚椎や脳に損傷を与えていた可能性も充分にあるが、頚椎損傷でも脳震盪でもない、原因の説明が行われないままでの長期入院の一言だ。
 つまりこれは、寺石が何らかの懲罰を受けるということだ。或いは、もうすでに執行されたあとなのかもしれないが、葵にそれを確かめる手段はない。
「そう……どすか」
 葵は、力なく俯く。
 自分を許せないのだ。認められないのだ。喜ぶことも、憐れむことも、そして、無感情であることさえも。
 すべての話を終え、その場を離れようとした正にそのときだった。
「こんなことを言ってはいけないのだろうけれど――」
 唇が、音を発することなく五文字を刻んだ。

 ――ありがとう