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拝み屋 葵 【伍】 ― 薫陶成性 ―

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 *  *  *

「雪、こっちは降らへんかってんな」
 電車に揺られること一時間。辿り着いた先は、葵には見慣れた風景――葵の通う大学であった。
「ここに来るんやったら、わざわざ呼び出さんでもええのに」
「今日は見張るだけの予定だったの」
「嘘八百、やな」
 見張るだけなら護衛など不要だ。何より、気付かれるように自身の存在を主張し続けていた説明が付かない。
 すでに葵の興味はそこにはない。
 この二人、アストレアとカムイは大学の生徒ではない。にも拘らず大学にやって来たということは、大学関係者の仲間がいるということを示している。
 葵は、大学に自分と同じ世界の住人やその協力者がいることを知っている。経営陣から教授、事務員に至るまで、相応の人数がいるのだが、全員の素性を知っているわけではないし、全員が葵を知っているわけでもない。
 呼び出しはそれぞれの所定の方法で行われる。葵の場合は、余程の急用でない限り“夢幻空間・賽の河原”を使った伝達が行われ、急用の場合は師の式神・薄(すすき)が直接訪れる。師以外からの接触は無いに等しい。
 師の身に何事かが起こり連絡ができなくなった場合は、葵と面識のある大学関係者など相応の筋からの接触が行われることになっている。しかし、どう贔屓目に見ても、この二人は連絡役としての必要条件を満たしていない。
 誰が何のために。
 葵の意識はそこに向けられていた。

 運動部のグラウンドの脇を抜け、敷地の最奥へと進む。
 葵は少し前に目的地が資材倉庫であることを察しており、今は誘われるままに歩を進めている。
 資材倉庫には、大学のイベント等で作成・使用した様々なものが保管されている。いわゆるガラクタ置き場であるが、見る者が見れば宝の山であり、決してゴミ捨て場ではない。
 下ろされたシャッターとコンクリートの壁が並ぶ景観には活気の欠片もなく、倉庫を隠すように背の高い並木が植えられているために、倉庫周辺はいつも薄暗い。
 同じ大学敷地内にありながら、異様な雰囲気を漂わせる一画である。
 倉庫は一つではなく、港などで見かける倉庫群のように、複数のシャッターが居並んでいる。シャッターは自動車二台から三台分の幅があり、それぞれの脇にはシャッターと同じ英字と数字の組み合わせが記されたアルミサッシの通用口が設けられている。
「あそこよ」
 葵の前を歩く女、アストレアが指差したのは、手前から二つ目の『A‐3』と記された扉であった。
 アストレアとカムイの二人は、歩調を緩めることなく扉に近づいた。
 葉を散らした枝の間を抜ける風の音が、周囲の雑音をすべて塗り替える。そんな奇妙な静寂の中、葵は突如として大きな不安に包まれた。
 感じたのは、身の危険ではない。抗えぬ運命の気配と、その始まりを報せる引鉄。扉の向こうで待ち受ける出来事が、自身の未来に大きな波紋を生むという確信だ。
 葵は気を引き締め直し、扉へと向かった。
「ようこそ、先輩」
 葵が足を踏み入れるのと同時に、倉庫の奥に広がる暗がりから男の声が響いた。葵を先輩と呼ぶ言動から、この男が大学の生徒だと推測するのは容易い。
 倉庫内は暗く、ほとんど先を見通すことはできない。特有の臭いを持つ空気が、充分な換気が為されていないことを示している。資材物品が所狭しと積み上げられているわけではなく、物は無いに等しかった。
 中央辺りに正方形の四脚テーブルがあり、パイプ椅子が四つ。テーブル上では、円筒形のスタンドライトが弱々しい明かりを灯している。
 向かって右にアストレア、左にカムイの気配と影がある。
「手荒なことをするつもりはありませんから、警戒を解いてください。……と言っても、信用なんてできませんよね」
「ウチの自己紹介は不要やろ? アンタは?」
「そうですね。僕のことは“ライ”と呼んでください」
 葵は、またか、とため息を漏らす。
「なにか?」
「いんや。ほんで、何の用やねん」
「単刀直入に言います。僕たちの仲間になっていただきたい」
 丁寧な物言いだが、口調はあくまでも高圧的。自分が白だと言えば、世のすべてのものが白になると思っている。この男を目の前にしていれば、誰であろうとそんな思考を感じ取ることができただろう。
「まずは顔を見せたらどうやねん。話はそれからや」
 応じるように立ち上がる気配が一つ。続いて、ゴツゴツと足音が響く。
「寺石洋一」
 男が暗がりから姿を現した瞬間に、葵はその男の名を呼んだ。
 寺石洋一は大学の一回生。名目上は葵の後輩ということなるが、学部学科が違う。
「へぇ……やりますね」
 寺石は一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに他人を見下す笑みに戻る。
「本題に入りましょう。掛けませんか?」
 葵は返事をせず、テーブルと入口との中間点まで進んで足を止めた。
「いいでしょう」
 寺石はテーブルの上に座り、椅子に足を置いた。
「すでに言いましたが、先輩には僕らの仲間になっていただきます。ご存知のように、あらゆる魔性を根こそぎ排除しようとする者たちがいます。僕の師はそういう考えを持っている退魔師でした。しかし僕は、その考えに賛同できません。魔性は人間からも生まれる。魔性の根絶を目指すことは、あらゆる生命を根絶させることに等しいと考えています」
「ほんで、ウチを仲間にして何がしたいねん」
「先輩の術法を教えて欲しいんです。言うなれば技術提携です。僕らからも技術を提供します」
「目的が見えへんけど?」
「“力”ですよ。より研ぎ澄まされた力を、同じ目的を持つ仲間全員で共有するんです」
「同じ目的やて?」
「魔性との共存」
 左右に控えるアストレアとカムイが、声に合わせて頷く。
「目を覚まさせてやるんです。魔性の根絶なんて実現不可能な絵空事だってね。思い上がった馬鹿どもを粛正するんです」
 寺石は目を輝かせていた。
「そういうことなら遠慮しとくわ。ウチ、帰るで」
「それは困る」
 寺石が呼び止めると、アストレアとカムイが葵を囲むように移動した。
「邪魔はせえへんさかい、勝手にやったったらええよ」
「仲間になっていただけないんですね?」
「こう見えてな、忙しい身やねん」
「では仲間にするのは諦めますが、協力はしてもらいます」
「断ったら?」
「そのときは、剣道部の塚原先輩にお伺いを立てることになります」
「いきなり最終手段やな」
「手段を選ぶ余裕はないんですよ」
 寺石は腰掛けていたテーブルから離れ、葵に向かい歩を進め始めた。
 怒りと不満の気を身に纏い、一歩ずつにじり寄る。
「誰しもが、心の内に魔性を抱えている。そのことを認めなければ、滅びるのは自分たちだ。そうでしょう? 僕の中にも魔性はあるし、先輩の中にも魔性は存在する。僕の師も魔性を抱えていた」
 寺石が発する気は、相手の不理解に対する怒りと不満だ。なぜ理解できないのだ、こんなにも正しいことを言っているのに、と喚き散らしている。
「一つ、確認してええかな?」
 葵は、びっ、と勢いよく右手の人差し指を立てる。
「何でしょう?」
「自分の師匠の話をするときな、過去形になるのはなんでや?」
 寺石はぴたりと動きを止めた。