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三剣の邂逅

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 彼の様子が、どうもいつもとおかしい。とりあえず部屋の中へと招き入れたが、扉を閉めてなお、クローブは入口付近に立ち尽くしたままだった。
 部屋の明かりに照らされたその表情は、いつもより険しい。
「……どうかしたの?」
「姉貴には会ってない」
 彼にしては、小さい声だった。
「……死んでたんだ」
「えっ」
「俺が家を出た数年後だったそうだ。かれこれ十年近くになる」
「そんな……」
 部屋に重苦しい沈黙が流れた。だが、ライアは、言葉を続けることができなかった。
 自分とは違った家族観を持っているクローブ。大空を飛び続けるための、羽を休める場所が家族だと言っていた。その場所が、自分の知らない間に失われていたとしたら。
 ライアには、想像もできない。
 力なく歩き、椅子にどっかりと腰を降ろしたクローブが、長い息を吐いた。
「お前の言ってたことを考えさせられたよ」
「えっ?」
「側にいなけりゃ、肝心な時助けられないってやつだ」
 クローブは、浅葱色の上着から、一本の髪飾りを取り出すと、ライアに手渡した。
 見事な髪飾りだった。棒状になった先端に大きめの蒼い水晶がついていて、その水晶の玉から、花びらを模った無数の銀細工が垂れ下がっている。
 ライアもこの手の型は使ったことがあるが、ここまで洒落た造りのものは見たことがない。
 おそらく、どこか大きな町で買い求めたものではないかと思った。
「これは?」
「姉貴を捨てた男が寄こしたものらしい」
「捨てた?」
「結婚の約束までしてたんだと。それなのに、ある日を境にいなくなっちまった」
「いなくなったって……」
「当時の姉貴の話によると、ある朝扉を開けたら、足下にその男の字で書かれた謝罪の手紙と、この髪飾りだけが置いてあったそうだ。もしかしなくても、捨てられたって考えるよな、普通。なのに姉貴は、その男が帰ってくるのを信じてずっと待ってたらしい。けど、それからしばらくして、流行病で死んじまった……。姉貴は、最期の時まで、その髪飾りを離さなかったそうだ。自分を裏切った男がくれたものだっていうのに……これだから、女ってのはよくわからない」
 そう言って乾いた笑いを浮かべるクローブの姿に、心が痛んだ。
「その相手の男の人って、クローブも知ってる人?」
「ああ。俺が家を出る時、姉貴に好きな奴がいたって話しただろ、まさにそいつだ。どっかの兵士で、俺はまともに会ったことはなかったが、チラッと見た感じじゃあ、真面目そうな男だった」
「何か、事情があったのかも」
 無責任な発言だと思いながらも、手元の簪を見つめながら、ライアはそう答えていた。
 淡い青と銀の色調と、細やかな花びらの造形は、決してただ豪華なだけではない。川をいく水のせせらぎと、その上に浮かぶ花びらの、穏やかな春の情景が浮かぶようなその簪に、送り主への優しい思いが込められているように感じるのは、気のせいなのだろうか。
「どうだかな」
 クローブはただ短く答えただけで、否定も肯定もしなかった。
 それっきり、二人の間に会話はなくなった。
 どれくらいそうしていただろうか。クローブの声が、沈黙を破った。
「旅に出たことを後悔はしない。自分で決めたことだ」
 どこか自分に言い聞かせているような響きを残し、ふっきるように、落としていた視線を天井へと上げる。
 続けてライアへと向けられた顔は、いつものクローブだった。
「すまなかったな、暗い気持ちにさせちまって。過ぎたことをくよくよ考えてても仕方ない。姉貴の分も、俺はお前の兄貴探しを全力で手伝うぜ」
「クローブ……」
「さあ、今度はお前が話す番だ。兄貴について何かわかったか? まさか、今日一日かかって収穫ゼロじゃないだろうな」
「そ、そんなことはないわ」
 ライアは必死で頭を切り替えた。
 今自分にできることは、無理に笑顔を作っているように見える彼の期待に応えることだ。
「あのね……」
 今日の昼間手に入れた、有力な情報を語り出す。
 今夜も長い夜になりそうだった。

作品名:三剣の邂逅 作家名:夢桜