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三剣の邂逅

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第二章 見えない心


   
   1

 エンスルに着いて、はや数刻。ライアとクローブは、別行動をとっていた。
 正確には、エンスルが故郷だというクローブの気持ちを推し量ったライアが、クローブを無理やり、姉の所へと送り出したのだ。
 というのも、クローブは、道々故郷を懐かしがる素振りを見せていたにも関わらず、いざエンスルに着いてみると、なかなかライアの側を離れようとしない。
 要は、照れているのだ。
 しかし、久しぶりの家族水入らずの時間がどんなに大切なものなのか、ライアは、考えただけで胸が熱くなる。それで、自分も一緒にと誘われたのを辞退して、一足先に、兄探しを始めたのだ。
 町を歩きながら、またもやライアは、その大きさに驚いていた。
 レノン同様、町の規模や人の数はもちろんのことだが、特に目に付くのが、人々の服装と、馬車の多さだ。
 エンスルは、モスリーやレノンなど、大小様々な村や町のあるライアの国、サルストンと、その隣の国とを繋ぐ、国境の町として名高い。   
 国境の町ともなると、それぞれの国の名産が行きかうのだろうか。見た目明らかに文化系統の違ったものが溢れかえっている。そのどれもが、目を見張るほど素晴らしいものばかりで、特に女性の洋服などは、質もデザインも、これまでの場所とは格段の違いがある。
 さらに、町の中の大通りを、馬車がさも当たり前のように走っていることには、本当に驚かされた。ライアの村では、馬車と言えば、荷を積む運搬用ばかりで、人だけを乗せて走る箱型のものには、ほとんどお目にかかったことがない。ついこの前、隣国の大使が村を通過した際のせっかくの機会も、見過ごしてしまった。
 しかし、物珍しいとばかりも言っていられない。気を取り直して兄探しに取りかかると、クローブに教わったように、ここでも宿屋や酒場を中心に足を運んだ。
 どの道、この広さでは、どんなに的を絞って探しても何日かごしにはなるだろう。そう覚悟を決めてかかったのだが、運のいいことに、聞き込み開始からわずか四件目にして、兄の情報に行き当たった。
 今回幸いしたのは、兄が前と違い、町中心部の酒場で目撃されていたことだろう。
「じゃあ、その男の人は、これと同じペンダントを持っていたんですね」
 ここでも、聞き出した兄らしき人物像を、お馴染の方法で確認する。
「ええ、確かにこれと同じものだったわ。素敵なものだったから覚えてるの」
 応対してくれているのは、この酒場で働いている、ライアと同じくらいの年頃の少女だ。
「その人のこと、なんでもいいから教えてくれない?」
「えっとねー」
 少女は記憶を探るように、目を宙にさまよわせた。
「どれくらい前かはちょっと忘れちゃったけど、確か夜に来て二時間ぐらいはいたと思う」
「何か話したりは?」
「私と? 私は話はしてないわ。うちの店はあの時間結構忙しいから。でも、何かと気になるお客さんだったから、割と記憶に残ってるのよね」
「気になる?」
「だって、なかなかハンサムだったし、それに……」
「それに、何?」
 身を乗り出すようにして先を促すライアを見て、少女は不思議そうな顔をしたが、とりあえず話を進めた。
「それにその人、何か深刻そうな話をしてて、最後には口論になってたみたいだから、つい……」
「ちょっと待って」
 ライアがすかさず口を挟んだ。
「その男の人、一人じゃなかったの?」
「えっ、ええ」
 少女はどうしてそんなに驚いているのかという目をライアに向けていたが、少し考えてから、急に心得顔で付け足した。
「大丈夫よ、相手は女の人じゃないから」
「男……」
 ライアは考え込んだ。
 兄が誰かと行動を共にしているとは、考えてもみなかった。いや現に、今までの村での情報では、兄以外の人物の情報など、まったくなかったのだ。
 ということは、エンスルで一緒になったのかもしれない。その人物に会うために、ここまで来たのだろうか。だとしたら、それは一体誰なのだろう。
「相手の男の人って、どんな人だった?」
「それがねぇ、相手の方はあまりよく覚えてないのよ。でも覚えてないってことは、もう一人のようなハンサムじゃなかったとは思うんだけど……やだ、あなたもしかして彼女?」
「妹です」
「なんだ、妹さんかぁ。よかったぁ」
 変なところで安心している少女はそっちのけで、ライアは質問を続ける。
「その人のこと、ほんとになんでもいいから、何か思い出さない? あっ、さっき口論って言ったけど、その辺詳しく聞かせてっ」
「うーん。相手の人で思い出せるのは、あなたのお兄さんと歳が同じくらいだったってことだけかな。口論って言ったのはね、確かお兄さんの方が、相手を一方的に怒ってる感じだったわ」
「兄が? うそ……」
 ライアは自分の耳を疑った。兄を知る者が彼のことを語る時、「優しい」「温厚」といった言葉のみで飾られる、それがライアの兄、ランディだった。
 ライアでさえ、幼い頃から父親代わりでもあった兄に叱られた記憶はほとんどない。そんな兄が、他人に対して声を荒らげるなど、想像すらできなかった。
「うそじゃないわよ。私もびっくりしたのよね。彼、見た目温厚そうじゃない。まぁ、最初から眉間に皺寄せてしゃべってたから、何か深刻な話でもしてたんだろうけど」
 この少女は、ライアの兄にかなり関心を寄せていたようだ。
「喧嘩になった時は、思わず近くまで行っちゃったわ」
「それで? 喧嘩の原因について、何かわからなかった?」
 ライアが少女に跳びついた。
「ご、ごめん。仕事中で露骨に聞き耳は立てられないし、向こうもすぐ声のトーンを落としちゃったからほとんど……」
「そう……」
「あっ、でも、あの人たぶん、カルーチアに行ったんじゃないかしら」
「カルーチア?」
「隣の国よ。彼が国境の方に向かうのをマスターが見ていてね。あたしに、追いかけなくていいのかー、なんて聞くもんだから、照れちゃったわ」
 頬を染め、まるで自分の恋人のように兄を語る少女を、ライアは全く見ていなかった。
「カルーチア」
 様々な思いを振り払うように、兄の行方を知るための鍵となる、見知らぬ国の名前を繰り返した。

 陽が暮れ、宿に戻っても、ライアの思考が晴れることはなかった。
 部屋で一人、酒場で聞いた話に思いをめぐらす。
 兄がこの町に来た訳、兄が会っていたという謎の人物、そして、その人との間にあったという、口論の内容。どれをとってみても、ライアには、皆目見当もつかなかった。
 この宿で落ち合うことになっているクローブは、まだ姿を見せない。
 ライアはクローブの帰りを心待ちにしていた。今日得た貴重な情報を早く報告したいし、今自分の中に抱えている様々な疑問を、一緒に考えて欲しかった。
 しかし、今晩は姉の家に泊まって水入らずの時間を過ごしてくるといいと言ったのは、他でもない自分であり、クローブが今夜帰らない可能性は、十分にある。
 だが、思ったよりも早くライアの部屋のドアを叩く音がして、飛びつくように扉を開けると、そこには、待ちかねていたクローブの姿があった。
「おかえりなさい! ずいぶん早かったのね。お姉さんには会えた?」
「…………」
「クローブ?」
作品名:三剣の邂逅 作家名:夢桜