三剣の邂逅
2
数日後、国境越えをしたライアとクローブは、隣国、カルーチア第一の都市、ヴィアレトに足を踏み入れていた。
ヴィアレトは、町よりもさらに大きい「都市」であり、かつ領地内に王城があるため、カルーチアの首都として、国の重要な要となっている。
エンスルの町で得た情報を検討した結果、ライアの兄、ランディの真意についてはこれといった結論は得られなかったが、行き先だけは、カルーチアに確定された。例の酒場の少女の話に加えて、国境付近でも、兄の目撃情報を得ることができたのだ。
もとよりライアは、もし兄がカルーチアに行ったという確証がなくても、この国に行こうと決めていた。ここしばらくの兄の行動は謎が多すぎて、何がなんだかさっぱりわからない。ただ、どうやら自分の知らない兄が存在するらしいことはわかってきた。
それが、ライアには無性に悲しくて、たまらなく不安にもさせる。
カルーチアという国に、本当の兄を知る手掛りがある。そう思うだけでも、訪れる価値は十分にある。何より、何かしていないと、このまま兄を永遠に失う気がして怖かった。
しかし、いざカルーチアに入ると、ランディの足取りは完全に途絶えてしまった。
自国であるサルストンを出たところまでは確かに足取りがあるのに、この国に入った途端、何故かぷっつりと気配を消してしまったのだ。
おそらく、ランディが通ってから時間が経ちすぎてしまったからなのだろうが、これで、次にどこへ向かったらいいのかわからなくなってしまった。
カルーチアの国境の町、ヤレブからは道が無数に伸びていて、彼が通ったであろう一本を特定することはできなかったのだ。
そこで今度は、どうせ行くなら情報量の多そうな場所がいいんじゃないかというクローブの言葉を頼りに、首都であるヴィアレトに続く道に、白羽の矢を立てたというわけだ。
ヴィアレトに着くと、二人は、町の中心部にほど近いところにある、ロンという宿屋に腰を据えた。ここを拠点とし、じっくりランディの手がかりを探そうというわけだ。
昼間は町で聞き込みをし、夜はその報告をし合う。先の見えない地道な作業。それを繰り返すこと数日。この国で、最初の情報がもたらされた。
それもなんのめぐり会わせか、情報提供者は、二人が泊まっている宿屋の一人娘だった。
少女の名はカナリ。明るい茶髪にそばかすのよく似合う、十二歳の女の子だ。容姿こそ、あまり宿屋夫婦には似ていないが、家業ゆえか、底抜けに明るい夫妻の性格を大いに受け継いだ元気な少女は、何故かライアによく懐き、ここ最近は、暇さえあれば二人の部屋に顔を出している。
このカナリが、いつものように部屋に遊びに来ていて、ライアの胸元にさがっているペンダントに目をとめ、見覚えがあると言い出したのだ。
兄と揃いのこのペンダントは、金色の鎖の先に金貨を模った黄金のトップがついたもので、かなり珍しい。そのため、兄探しの手がかりにもしていたのだ。
町で自分とぶつかった人が、はずみで落としたペンダントが、これと同じだったとカナリは言う。そしてここでも、ランディの「奇妙」な行動が浮き彫りになった。
「でも、その人ちょっと変だったんだよね」
「変って?」
カナリの発言に、なんだか兄を語る際の形容詞になりつつある言葉を繰り返す。
「その男の人ね、落ちたペンダントを急いでポケットにしまって、きょろきょろ辺りを見回してから走って行っちゃったの。なんだか、ペンダントを隠しているみたいだった」
ライアは驚いて、自分のペンダントに目をやった。
兄がこのペンダントを隠そうとしている?
家にいた時は、いつも見える位置につけていたのに?
「そうか!」
悩んでいるライアの横で、突然クローブが声を上げた。
「今思いついたんだが、この国に入ってすぐ、ランディの足取りが急に途絶えただろ」
「ええ」
「あれは、ランディと俺たちとの時間的な差によるものじゃなくて、ランディがそのペンダントを外したからなんじゃないのか?」
「えっ?」
「だって考えてもみろよ。俺たちは、今まで最終的には、お前と揃いのそのペンダントを決め手にしてランディを探してきた。その効果も絶大だった」
ライアは、これまでの旅を思い返しながら頷いた。
「だが、それはつまり、それさえなけりゃ、ランディの行方を掴みにくいってことだろ。痕跡を絶つことを狙って、ランディが故意にそれを外したとしたら?」
「あっ……」
確かに、今までは兄は、あのペンダントを肌身離さずつけていると仮定して探してきた。
身に着けていないなど、考えてもみなかったのだ。
「じゃあ、いないと思っていた町でも、実はいたかもしれないってこと?」
「十分考えられるな」
「でも、兄さんは何故ペンダントを外してまで身を隠そうとするのかしら? もしかしたら私が追いかけてきていることを知って……それで?」
瞳を曇らせるライアに、クローブは軽く首を振って見せた。
「それはよくわからないな。違うとも言い切れないが、そのペンダントをつけているところを見られている誰かからって可能性もあるだろ。……ただ、身を隠して動こうなんて、
やっぱり何かあるな」
クローブの言葉が、ライアの頭の中で螺旋を描いた。
(一体、兄は何がしたいのだろう)
どんなに考えてみたところで、ライアが思い浮かべることができるのは、なんの秘密もなかった頃の兄の姿だけ。今はそれも、あまりに朧げだ。
「ねぇ、カナリ。その人どっちへ行ったかは見なかった?」
カナリが小さく首を振る。
「でも、どっから出てきたかならわかるよ」
ライアとクローブの、期待交じりの視線に、カナリは何故か少し顔を赤らめて、言いずらそうに口を開いた。
「繁華街の……遊廓」
「遊廓……」
思いがけない言葉に、二人は言葉を失った。
結局、善は急げということで、クローブは、まだ陽も落ちきらないうちから、その「遊廓」へと出かけていった。
場所が場所だけに、女や子供が出向くことはできない。本当は、クローブについていきたい気持ちでいっぱいのライアも、大人しく自室で、彼が戻るのを待つしかなかった。
だが、一人になると、どうしても考え込んでしまう。
兄の、自分の知らない一面が、また出てくるのだろうか。それも、「遊廓」という、ライアには想像もつかないような場所で。
女っ気の全くなかった兄が、そんな所に足を運んでいたことは、ショックだった。
やっぱり、兄がこの国に来た目的は、女性と逢うことだったのだろうか。
どうしても暗くなりがちな気を紛らわそうと、ライアはカナリを部屋へと呼び、しばらく話し相手になってもらうことにした。
途中、下に手伝いに来ないカナリを、母親の女将が呼びに来たのだが、カナリは、接客も大事な仕事の一部だと意気込んで、とうとう女将を追い返してしまった。
「カナリ、よかったの?」
自分から声をかけた手前、ライアは申し訳なくなって尋ねた。
数日後、国境越えをしたライアとクローブは、隣国、カルーチア第一の都市、ヴィアレトに足を踏み入れていた。
ヴィアレトは、町よりもさらに大きい「都市」であり、かつ領地内に王城があるため、カルーチアの首都として、国の重要な要となっている。
エンスルの町で得た情報を検討した結果、ライアの兄、ランディの真意についてはこれといった結論は得られなかったが、行き先だけは、カルーチアに確定された。例の酒場の少女の話に加えて、国境付近でも、兄の目撃情報を得ることができたのだ。
もとよりライアは、もし兄がカルーチアに行ったという確証がなくても、この国に行こうと決めていた。ここしばらくの兄の行動は謎が多すぎて、何がなんだかさっぱりわからない。ただ、どうやら自分の知らない兄が存在するらしいことはわかってきた。
それが、ライアには無性に悲しくて、たまらなく不安にもさせる。
カルーチアという国に、本当の兄を知る手掛りがある。そう思うだけでも、訪れる価値は十分にある。何より、何かしていないと、このまま兄を永遠に失う気がして怖かった。
しかし、いざカルーチアに入ると、ランディの足取りは完全に途絶えてしまった。
自国であるサルストンを出たところまでは確かに足取りがあるのに、この国に入った途端、何故かぷっつりと気配を消してしまったのだ。
おそらく、ランディが通ってから時間が経ちすぎてしまったからなのだろうが、これで、次にどこへ向かったらいいのかわからなくなってしまった。
カルーチアの国境の町、ヤレブからは道が無数に伸びていて、彼が通ったであろう一本を特定することはできなかったのだ。
そこで今度は、どうせ行くなら情報量の多そうな場所がいいんじゃないかというクローブの言葉を頼りに、首都であるヴィアレトに続く道に、白羽の矢を立てたというわけだ。
ヴィアレトに着くと、二人は、町の中心部にほど近いところにある、ロンという宿屋に腰を据えた。ここを拠点とし、じっくりランディの手がかりを探そうというわけだ。
昼間は町で聞き込みをし、夜はその報告をし合う。先の見えない地道な作業。それを繰り返すこと数日。この国で、最初の情報がもたらされた。
それもなんのめぐり会わせか、情報提供者は、二人が泊まっている宿屋の一人娘だった。
少女の名はカナリ。明るい茶髪にそばかすのよく似合う、十二歳の女の子だ。容姿こそ、あまり宿屋夫婦には似ていないが、家業ゆえか、底抜けに明るい夫妻の性格を大いに受け継いだ元気な少女は、何故かライアによく懐き、ここ最近は、暇さえあれば二人の部屋に顔を出している。
このカナリが、いつものように部屋に遊びに来ていて、ライアの胸元にさがっているペンダントに目をとめ、見覚えがあると言い出したのだ。
兄と揃いのこのペンダントは、金色の鎖の先に金貨を模った黄金のトップがついたもので、かなり珍しい。そのため、兄探しの手がかりにもしていたのだ。
町で自分とぶつかった人が、はずみで落としたペンダントが、これと同じだったとカナリは言う。そしてここでも、ランディの「奇妙」な行動が浮き彫りになった。
「でも、その人ちょっと変だったんだよね」
「変って?」
カナリの発言に、なんだか兄を語る際の形容詞になりつつある言葉を繰り返す。
「その男の人ね、落ちたペンダントを急いでポケットにしまって、きょろきょろ辺りを見回してから走って行っちゃったの。なんだか、ペンダントを隠しているみたいだった」
ライアは驚いて、自分のペンダントに目をやった。
兄がこのペンダントを隠そうとしている?
家にいた時は、いつも見える位置につけていたのに?
「そうか!」
悩んでいるライアの横で、突然クローブが声を上げた。
「今思いついたんだが、この国に入ってすぐ、ランディの足取りが急に途絶えただろ」
「ええ」
「あれは、ランディと俺たちとの時間的な差によるものじゃなくて、ランディがそのペンダントを外したからなんじゃないのか?」
「えっ?」
「だって考えてもみろよ。俺たちは、今まで最終的には、お前と揃いのそのペンダントを決め手にしてランディを探してきた。その効果も絶大だった」
ライアは、これまでの旅を思い返しながら頷いた。
「だが、それはつまり、それさえなけりゃ、ランディの行方を掴みにくいってことだろ。痕跡を絶つことを狙って、ランディが故意にそれを外したとしたら?」
「あっ……」
確かに、今までは兄は、あのペンダントを肌身離さずつけていると仮定して探してきた。
身に着けていないなど、考えてもみなかったのだ。
「じゃあ、いないと思っていた町でも、実はいたかもしれないってこと?」
「十分考えられるな」
「でも、兄さんは何故ペンダントを外してまで身を隠そうとするのかしら? もしかしたら私が追いかけてきていることを知って……それで?」
瞳を曇らせるライアに、クローブは軽く首を振って見せた。
「それはよくわからないな。違うとも言い切れないが、そのペンダントをつけているところを見られている誰かからって可能性もあるだろ。……ただ、身を隠して動こうなんて、
やっぱり何かあるな」
クローブの言葉が、ライアの頭の中で螺旋を描いた。
(一体、兄は何がしたいのだろう)
どんなに考えてみたところで、ライアが思い浮かべることができるのは、なんの秘密もなかった頃の兄の姿だけ。今はそれも、あまりに朧げだ。
「ねぇ、カナリ。その人どっちへ行ったかは見なかった?」
カナリが小さく首を振る。
「でも、どっから出てきたかならわかるよ」
ライアとクローブの、期待交じりの視線に、カナリは何故か少し顔を赤らめて、言いずらそうに口を開いた。
「繁華街の……遊廓」
「遊廓……」
思いがけない言葉に、二人は言葉を失った。
結局、善は急げということで、クローブは、まだ陽も落ちきらないうちから、その「遊廓」へと出かけていった。
場所が場所だけに、女や子供が出向くことはできない。本当は、クローブについていきたい気持ちでいっぱいのライアも、大人しく自室で、彼が戻るのを待つしかなかった。
だが、一人になると、どうしても考え込んでしまう。
兄の、自分の知らない一面が、また出てくるのだろうか。それも、「遊廓」という、ライアには想像もつかないような場所で。
女っ気の全くなかった兄が、そんな所に足を運んでいたことは、ショックだった。
やっぱり、兄がこの国に来た目的は、女性と逢うことだったのだろうか。
どうしても暗くなりがちな気を紛らわそうと、ライアはカナリを部屋へと呼び、しばらく話し相手になってもらうことにした。
途中、下に手伝いに来ないカナリを、母親の女将が呼びに来たのだが、カナリは、接客も大事な仕事の一部だと意気込んで、とうとう女将を追い返してしまった。
「カナリ、よかったの?」
自分から声をかけた手前、ライアは申し訳なくなって尋ねた。