三剣の邂逅
3
エンスルまでの時間は、ライアにとって、とても楽しく新鮮なものだった。
クローブは、さすが世界を渡り歩いているだけあって、旅のいろはを心得ている。
道すがら、よい宿の見つけ方や野宿の方法など、様々な知識をライアに伝授してくれた。
ふとしたことで浮かんだ疑問を口にすれば、うてば響くように答えが返ってくるのだから感心してしまう。
エンスルに着くまでの会話の中で、クローブは自分のことについても、ぽつりぽつりと語っていた。
彼は、国境の町として栄えるエンスルで生まれ、父親はとある大手貿易商人の警護をやっていたのだという。母親は早くに亡くなっていて、父親も、賊が入った時に主人を庇って負った傷がもとで亡くなった。それ以後は、三つ年上の姉との二人暮らし。姉は、父親の雇い主の口添えで店を出したが、一つ所に収まることを良しとしないクローブは、かねてからの望み通り、剣の修行の旅に出たのだそうだ。
「一度家を出ちまうと、この自由な生活がすっかり気に入っちまって、結局一度も帰ってないんだ」
クローブはさらりと口にしたが、家族という社会を重んじてきたライアには、いまいち理解できなかった。
「お姉さんは、クローブが家を出る時、反対はしなかったの?」
ライアの気持ちを察して、クローブは少し苦笑混じりになった。
「ああ。姉貴は俺に対して理解があったからな」
「そんなお姉さんを一人にしていくことに、なんの躊躇いもなかったの?」
ライアの口調は、知らずと非難めいた響きを含んでいる。
「一緒にいるだけが家族じゃないさ。それに、姉貴の生活は安定してた。好いた男もいたみたいだったから、俺がいなくても大丈夫。いや、逆に俺がいたら、何かと気を使わせちまうと思ったんだ」
「言い訳にも聞こえるけど」
「こいつは手厳しいな」
クローブは、笑いながらも少し遠い目をして空を見上げた。
「まぁ、確かに言い訳かもな。それだけ俺は、自由になりたかったんだ」
「自由? 家族といることが束縛なの?」
クローブが軽く笑った。
「そういうわけじゃないさ。ただな、女と違って、総じて男というのは、安住の地を求めたがらないものなんだ。現状に満足しちゃいけないってな」
「平和よりも刺激が欲しいってこと?」
理解し難い、といった目で、ライアはクローブを見た。
「まぁ、そういうことだ。女には納得できないことかもしれないが。だが、家族が必要ないってことじゃない。飛び続けるだけじゃ疲れちまうからな。羽を休める場所が欲しくなる。それが家族や故郷だったりするんだ」
「ずいぶん都合のいい考え方ね」
「そう思うか」
「だって、人は一人じゃ生きられないでしょ。愛する人を見つけて、そのうち子供ができて。喜びは共にし、苦しみは分け合い、救いの手が必要な時には、何を犠牲にしても助ける。そんな無償の深い絆を、家族っていうんじゃないの。離れてたら、家族の危機だってわからないし、助けられないじゃない」
綺麗ごとだと笑われるかもしれないが、それが、ライアが今まで信じてきた家族像だった。少なくとも、ライアの家では、そうやって生きてきたのだ。
「それも一つの考え方だな」
クローブは、存外あっさりライアの説を肯定し、彼女を戸惑わせた。
「ただ、皆が皆、お前のとこの家族みたいじゃないってことだ」
そして、からかうような口調でライアを覗き込む。
「それに、自由に飛んで回りたいっていうのは、女にもあるんじゃないのか。現に、今のお前がそう見えるぜ」
「えっ」
驚いて見上げたライアを、クローブはいつもより少し深い瞳で見つめる。
「もっといろんな世界を見た方がいいぞ。一つ所にいちゃわからないこともたくさんある」
「何よ、それ」
「ははは」
なんとなく馬鹿にされたようで、ライアは口を尖らせた。
さらに文句を言おうとしてクローブを見上げると、彼は先程と同じ遠い目で、前を見つめている。ライアは、もはや彼の興味が今の話題から離れてしまったことを敏感に見てとって、仕方なく言葉を噤んだ。
「しかし、やはり懐かしい」
そんなライアに気付いているのか、いないのか。
クローブは、一人ぼそっと呟いて目を細めた。
エンスルまでの時間は、ライアにとって、とても楽しく新鮮なものだった。
クローブは、さすが世界を渡り歩いているだけあって、旅のいろはを心得ている。
道すがら、よい宿の見つけ方や野宿の方法など、様々な知識をライアに伝授してくれた。
ふとしたことで浮かんだ疑問を口にすれば、うてば響くように答えが返ってくるのだから感心してしまう。
エンスルに着くまでの会話の中で、クローブは自分のことについても、ぽつりぽつりと語っていた。
彼は、国境の町として栄えるエンスルで生まれ、父親はとある大手貿易商人の警護をやっていたのだという。母親は早くに亡くなっていて、父親も、賊が入った時に主人を庇って負った傷がもとで亡くなった。それ以後は、三つ年上の姉との二人暮らし。姉は、父親の雇い主の口添えで店を出したが、一つ所に収まることを良しとしないクローブは、かねてからの望み通り、剣の修行の旅に出たのだそうだ。
「一度家を出ちまうと、この自由な生活がすっかり気に入っちまって、結局一度も帰ってないんだ」
クローブはさらりと口にしたが、家族という社会を重んじてきたライアには、いまいち理解できなかった。
「お姉さんは、クローブが家を出る時、反対はしなかったの?」
ライアの気持ちを察して、クローブは少し苦笑混じりになった。
「ああ。姉貴は俺に対して理解があったからな」
「そんなお姉さんを一人にしていくことに、なんの躊躇いもなかったの?」
ライアの口調は、知らずと非難めいた響きを含んでいる。
「一緒にいるだけが家族じゃないさ。それに、姉貴の生活は安定してた。好いた男もいたみたいだったから、俺がいなくても大丈夫。いや、逆に俺がいたら、何かと気を使わせちまうと思ったんだ」
「言い訳にも聞こえるけど」
「こいつは手厳しいな」
クローブは、笑いながらも少し遠い目をして空を見上げた。
「まぁ、確かに言い訳かもな。それだけ俺は、自由になりたかったんだ」
「自由? 家族といることが束縛なの?」
クローブが軽く笑った。
「そういうわけじゃないさ。ただな、女と違って、総じて男というのは、安住の地を求めたがらないものなんだ。現状に満足しちゃいけないってな」
「平和よりも刺激が欲しいってこと?」
理解し難い、といった目で、ライアはクローブを見た。
「まぁ、そういうことだ。女には納得できないことかもしれないが。だが、家族が必要ないってことじゃない。飛び続けるだけじゃ疲れちまうからな。羽を休める場所が欲しくなる。それが家族や故郷だったりするんだ」
「ずいぶん都合のいい考え方ね」
「そう思うか」
「だって、人は一人じゃ生きられないでしょ。愛する人を見つけて、そのうち子供ができて。喜びは共にし、苦しみは分け合い、救いの手が必要な時には、何を犠牲にしても助ける。そんな無償の深い絆を、家族っていうんじゃないの。離れてたら、家族の危機だってわからないし、助けられないじゃない」
綺麗ごとだと笑われるかもしれないが、それが、ライアが今まで信じてきた家族像だった。少なくとも、ライアの家では、そうやって生きてきたのだ。
「それも一つの考え方だな」
クローブは、存外あっさりライアの説を肯定し、彼女を戸惑わせた。
「ただ、皆が皆、お前のとこの家族みたいじゃないってことだ」
そして、からかうような口調でライアを覗き込む。
「それに、自由に飛んで回りたいっていうのは、女にもあるんじゃないのか。現に、今のお前がそう見えるぜ」
「えっ」
驚いて見上げたライアを、クローブはいつもより少し深い瞳で見つめる。
「もっといろんな世界を見た方がいいぞ。一つ所にいちゃわからないこともたくさんある」
「何よ、それ」
「ははは」
なんとなく馬鹿にされたようで、ライアは口を尖らせた。
さらに文句を言おうとしてクローブを見上げると、彼は先程と同じ遠い目で、前を見つめている。ライアは、もはや彼の興味が今の話題から離れてしまったことを敏感に見てとって、仕方なく言葉を噤んだ。
「しかし、やはり懐かしい」
そんなライアに気付いているのか、いないのか。
クローブは、一人ぼそっと呟いて目を細めた。