三剣の邂逅
2
レノンの町は、小さな村々と隣接しているため、村では手に入らないような大掛かりな買出しをしに、比較的多くの人が集まる。
雑貨や書店等の小売店が軒を連ね、町の至る所にある広場では、細々とした市が開かれている。宿屋や酒場、浴場といった公共の施設も数多い。
「…………大きい」
「そうか? レノンは町にしちゃあ小さい方だぞ」
「そうなの?」
「ああ。俺みたいに世界中を旅してると、いろんな町を見るからな。ここはそんなに大きくはない。俺の故郷の町の方が、まだでかかったぞ」
クローブの言葉に瞳を大きくし、ライアは改めて、自分の知る世界の小ささを知った。
「見てみたいな、クローブの故郷」
ぽつりとこぼれた言葉に、一拍の後、答えがあった。
「いい町だぜ」
ライアとクローブは、軽い朝食をとると、さっそく本題の兄探しを始めた。
クールの段階ですでに漠然としつつあった兄らしき人物像は、ここでは、かなりその影をも潜めてしまっていた。
ライアはこれまで、ほぼ手当たり次第の人に、兄の情報を聞きまわっていた。そうしていても、格別無駄の出ない規模の村々だったということだ。
だが、これほど人も建物もあると、どこから手を付けたらいいか、正直見当もつかない。
クローブの助言で、宿屋や酒場、食事所等、旅人が立ち寄りそうな場所を中心に聞き込みをしてみたところ、町外れの小さな宿で、兄らしき人物の情報を手に入れた。
女将の話す「お客」の像は、外見や話の雰囲気から、ライアの兄と通じるものがあり、ライアが聞き込みの目安としている、自分と揃いの金のペンダントを、女将がその青年の特徴として記憶していたことから、ほぼ兄だと断定された。
しかしその情報は、当初クローブが言ったように、兄はもうこの町にはいないというものだった。
女将の話によると、兄はここから国境の町、エンスルへと続く道を行ったらしい。
ほかの場所でも粘ったが、それ以上の情報もなく、結局、その晩は二人でその宿に泊まることになった。
クローブは、この町にライアの兄がいないとわかったあたりから、なんとなく嫌な予感を覚えていたが、やはりそれは現実になった。
ライアがこのまま、一人でエンスルまで行くと言い出したのだ。
人事ながらに難色を示したクローブが、どんなに女の一人旅の怖さを説いても、ライアは一歩も引かなかった。
「今でさえ兄さんの足取りが消えかけてるのよ。戻って出直すなんてことになったら、もう手掛りなんて何もなくなっちゃうわ」
もっともと言えば、もっともだった。人の記憶というのは、とかく薄れやすく曖昧なものだ。
正確な情報を掴もうとすればするほど、時間との戦いは大きい。それはクローブにもよくわかっている。
しかし、ライアの性格からして、今エンスル行きを決行すれば、おそらくこの先も、それこそ兄が見つかるまで、旅を続けることになりかねない。
クローブは唸った。これも何かの縁なのか。
エンスルの名を聞いてしまった以上、知らぬふりもできない理由がクローブにはあった。
「よし」
クローブは覚悟を決め、組んでいた腕を解くと、ライアに向き合った。
「仕方ない。ライア、お前、俺を雇え」
「えっ?」
てっきりエンスル行きを否定する言葉が出るだろうと身構えていたライアは、突然の言葉に目を瞬かせた。
「雇うって、一体どういうこと?」
「見ての通り、俺は世界中を旅してる自由戦士だ。旅先で仕事を探しては、金を稼いでる。基本的に、雇われればなんでもするが、汚い仕事はしない」
淡々と自分の仕事について語るクローブを、ライアは目を丸くして見ている。
「どうしたの、急に?」
「お前が俺を旅の護衛として雇うなら、俺は旅の間お前を守るし、ついでに兄貴探しも手伝ってやる。剣の腕なら、それなりに自信があるぞ」
そう言って片目をつぶるクローブを見て、ライアはようやく、暗に彼が自分と同行してくれる「理由」をくれようとしているのだと気付いた。嬉しい申し出だが、問題もある。
「でも、私、お金が……」
「報酬は、お前の兄からいただくことにするから、とりあえず、今は気にするな」
「でも、たぶん兄も……」
金銭事情は、自分とそう変わらない。そう先を続けようとしたが、クローブは盛大なあくびで、それを遮った。
「よし、そうと決まればもう寝るか。明日は、朝一番にまず町で買い物をしないとな。夜は野宿になる。途中にある仮小屋を使うと、遠回りになるからな。それでいいか?」
「えっ、ええ。少しでも早く着ける方がいいし。私はよくわからないから、任せるわ」
「そうか」
いそいそと寝支度をはじめるクローブの背を見て、ライアの頭に、報酬については、兄が見つかってから考えればよいかという、やや楽観的な考えが浮かぶ。すると、少しだけ、気持ちも楽になったような気がして、明日からの旅にも俄然やる気が出てきた。
「ずいぶん詳しそうだけど、クローブはエンスルの町には行ったことがあるの?」
「行ったも何も、エンスルは、俺の生まれ故郷だ」
クローブがエンスルの名が出た時引っかかったのは、このためだった。
「えっ、そうなの」
「まぁ、と言っても、もうずいぶん長いこと帰ってないがな」
ライアはその辺の話を詳しく聞きたそうな視線を向けたが、クローブは、今夜はもうそれ以上話すつもりはないらしかった。
ただ、それぞれの部屋に分かれて寝る前、母親が心配しないようにこの町で手紙を出しておくようにとだけ言い、ライアもそれに同意した。
レノンの町は、小さな村々と隣接しているため、村では手に入らないような大掛かりな買出しをしに、比較的多くの人が集まる。
雑貨や書店等の小売店が軒を連ね、町の至る所にある広場では、細々とした市が開かれている。宿屋や酒場、浴場といった公共の施設も数多い。
「…………大きい」
「そうか? レノンは町にしちゃあ小さい方だぞ」
「そうなの?」
「ああ。俺みたいに世界中を旅してると、いろんな町を見るからな。ここはそんなに大きくはない。俺の故郷の町の方が、まだでかかったぞ」
クローブの言葉に瞳を大きくし、ライアは改めて、自分の知る世界の小ささを知った。
「見てみたいな、クローブの故郷」
ぽつりとこぼれた言葉に、一拍の後、答えがあった。
「いい町だぜ」
ライアとクローブは、軽い朝食をとると、さっそく本題の兄探しを始めた。
クールの段階ですでに漠然としつつあった兄らしき人物像は、ここでは、かなりその影をも潜めてしまっていた。
ライアはこれまで、ほぼ手当たり次第の人に、兄の情報を聞きまわっていた。そうしていても、格別無駄の出ない規模の村々だったということだ。
だが、これほど人も建物もあると、どこから手を付けたらいいか、正直見当もつかない。
クローブの助言で、宿屋や酒場、食事所等、旅人が立ち寄りそうな場所を中心に聞き込みをしてみたところ、町外れの小さな宿で、兄らしき人物の情報を手に入れた。
女将の話す「お客」の像は、外見や話の雰囲気から、ライアの兄と通じるものがあり、ライアが聞き込みの目安としている、自分と揃いの金のペンダントを、女将がその青年の特徴として記憶していたことから、ほぼ兄だと断定された。
しかしその情報は、当初クローブが言ったように、兄はもうこの町にはいないというものだった。
女将の話によると、兄はここから国境の町、エンスルへと続く道を行ったらしい。
ほかの場所でも粘ったが、それ以上の情報もなく、結局、その晩は二人でその宿に泊まることになった。
クローブは、この町にライアの兄がいないとわかったあたりから、なんとなく嫌な予感を覚えていたが、やはりそれは現実になった。
ライアがこのまま、一人でエンスルまで行くと言い出したのだ。
人事ながらに難色を示したクローブが、どんなに女の一人旅の怖さを説いても、ライアは一歩も引かなかった。
「今でさえ兄さんの足取りが消えかけてるのよ。戻って出直すなんてことになったら、もう手掛りなんて何もなくなっちゃうわ」
もっともと言えば、もっともだった。人の記憶というのは、とかく薄れやすく曖昧なものだ。
正確な情報を掴もうとすればするほど、時間との戦いは大きい。それはクローブにもよくわかっている。
しかし、ライアの性格からして、今エンスル行きを決行すれば、おそらくこの先も、それこそ兄が見つかるまで、旅を続けることになりかねない。
クローブは唸った。これも何かの縁なのか。
エンスルの名を聞いてしまった以上、知らぬふりもできない理由がクローブにはあった。
「よし」
クローブは覚悟を決め、組んでいた腕を解くと、ライアに向き合った。
「仕方ない。ライア、お前、俺を雇え」
「えっ?」
てっきりエンスル行きを否定する言葉が出るだろうと身構えていたライアは、突然の言葉に目を瞬かせた。
「雇うって、一体どういうこと?」
「見ての通り、俺は世界中を旅してる自由戦士だ。旅先で仕事を探しては、金を稼いでる。基本的に、雇われればなんでもするが、汚い仕事はしない」
淡々と自分の仕事について語るクローブを、ライアは目を丸くして見ている。
「どうしたの、急に?」
「お前が俺を旅の護衛として雇うなら、俺は旅の間お前を守るし、ついでに兄貴探しも手伝ってやる。剣の腕なら、それなりに自信があるぞ」
そう言って片目をつぶるクローブを見て、ライアはようやく、暗に彼が自分と同行してくれる「理由」をくれようとしているのだと気付いた。嬉しい申し出だが、問題もある。
「でも、私、お金が……」
「報酬は、お前の兄からいただくことにするから、とりあえず、今は気にするな」
「でも、たぶん兄も……」
金銭事情は、自分とそう変わらない。そう先を続けようとしたが、クローブは盛大なあくびで、それを遮った。
「よし、そうと決まればもう寝るか。明日は、朝一番にまず町で買い物をしないとな。夜は野宿になる。途中にある仮小屋を使うと、遠回りになるからな。それでいいか?」
「えっ、ええ。少しでも早く着ける方がいいし。私はよくわからないから、任せるわ」
「そうか」
いそいそと寝支度をはじめるクローブの背を見て、ライアの頭に、報酬については、兄が見つかってから考えればよいかという、やや楽観的な考えが浮かぶ。すると、少しだけ、気持ちも楽になったような気がして、明日からの旅にも俄然やる気が出てきた。
「ずいぶん詳しそうだけど、クローブはエンスルの町には行ったことがあるの?」
「行ったも何も、エンスルは、俺の生まれ故郷だ」
クローブがエンスルの名が出た時引っかかったのは、このためだった。
「えっ、そうなの」
「まぁ、と言っても、もうずいぶん長いこと帰ってないがな」
ライアはその辺の話を詳しく聞きたそうな視線を向けたが、クローブは、今夜はもうそれ以上話すつもりはないらしかった。
ただ、それぞれの部屋に分かれて寝る前、母親が心配しないようにこの町で手紙を出しておくようにとだけ言い、ライアもそれに同意した。