三剣の邂逅
第九章 惨劇の終焉
1
ライアが驚いて目を開けると、戸口のところに、二人の人影が立っていた。
そのうちの一人がゆっくりと前に出てきた。
明るい茶髪を綺麗に揃えた、落ち着いた雰囲気の青年。
「そこまでだ。あなたたちに彼らを裁く権利はない、そうでしょう……母さん」
「ランディ……」
母が信じられないように、目の前の息子を見つめた。
「兄さん!」
ライアも驚いて声を上げた。目の前で王を人質に取った母親と対峙しているのは、ずっと会いたくてたまらなかった兄に他ならなかった。
ランディは、わずかにライアの方を見ると、すぐに母親に視線を戻した。
「もうやめてください、母さん。そんなことをしても、父さんは喜びません」
悲しげに言われて、フレシアが当惑げに身じろいだ。その隙をついて、囚われたままになっていた国王が、ふらつく足でカーターの側に倒れこみ、カーターがそれを支える。
「ランディ、あなた、どうして……」
「僕は、そこにいるクリスを止めようと思ってこの国に来ました。だけど、彼を追っているうちに、彼ばかりか、偶然母さんが事件を起こしているところも見てしまったんです」
ランディが一歩前に踏み出した。
「僕には、母さんが十年前の復讐をしようとしているんだとすぐにわかりました。遠くから見た母さんの瞳が、父さんが亡くなってすぐの頃と同じだったから」
フレシアは動かない。
「知ってました。母さんが僕たちのために必死で感情を殺していたことを。だから僕も、復讐を諦めることができた。今度は僕が、母さんを助ける番です」
フレシアが激しく首を振った。
「邪魔をしないで! 相手は国王。他の誰も裁いてなんかくれない。それなら誰かがやらなきゃ、父さんだって浮かばれないわ!」
今度はランディが静かに首を振った。
「いいえ。裁いてくれる人ならちゃんといます」
そう言うと、ランディがわずかに身を横に引いた。すると、後ろに控えていた、もう一人の人物が歩み出てきた。長身の、身なりのよい初老の男性。初めて見る顔だ。
それはフレシアも同じらしい。怪訝そうな目をランディに向けた。
「彼は、とある方の片腕と称されるお方です」
漠然と紹介された男が、ゆっくりと前に出た。
「私の主が、王をじきじきに問いただすと約束してくれました。どうかお引渡しを」
「何を……」
フレシアが目をむいた。王をじかに裁ける権限を持つ者など、存在するわけがない。
だが、何気なく目をやった先で、国王ががたがたと震えているのが目に入った。
その王に向かって、初老の男は実に優雅なしぐさで、懐から一枚の封書を取り出し、それを王の前に高々と掲げた。
「一緒に来ていただけますね」
ますます顔を青くする王には、封書に押された御璽が、はっきりと見えていた。
「あれは!」
クローブはとっさに、頭の中で、調査中に目にしたカルーチア国王家の系図を紐解いた。
「オーレンか?」
独り言のようなクローブの言葉に、クリスが耳ざとく反応した。
「なんだって!」
ライアが二人を見上げる。
「えっ、何? 誰なの、オーレンって?」
「あんた知らないのか? オーレンっていったら、先々代のこの国の王だよ。今は王位を譲って隠居しているが、いまだ権限は持ってるはずだ」
「えっ! ということは、クリフ王とアーロン王のお父様!」
確かに、いくら国王といえども、父親になら裁く権利があってもおかしくない。隠居したとはいえ、大王と呼ばれ、いまだ影の支配者として国の根底に居座っている方だという。
意識朦朧としながらも、王がわずかに口を開いた。
「何故だ、何故お前のような者が父上を動かせる?」
王に問われて、ランディが向き直った。
「あなただって知っているはずだ。かつて私の父が、どれだけ王と近く接していたかを。私はかつて、大王の乳母なる人と昵懇にしていただいてたんだ。その人は、今はもう自分の村に戻っていますが、いまだご存命です。かつて国を追われた時も、困った時は頼るよう言っていただきました。それで今回、お力をお借りしたんです」
国王は歯軋りした。彼らがどんなに真実を知ったところで、それを公にする手段など持ち合わせていないと高を括っていた。大王の乳母など、計算外だ。
大王は実直な人柄で、悪いことに目をつむることは決してしない。例えそれが実の息子であってもだ。まして、自分は兄を陥れて殺した。十年前の事件の疑惑の片鱗なりとも耳にすれば、力で持って、必ずや真実を突きとめるだろう。
「これまでか……」
ただでさえいうことの聞かない体を投げ出し、国王はがくりと膝をついた。
ランディは手にした鍵で、牢の扉を開けた。
「兄さん!」
「ライア」
二人はしっかりと抱き合った。
「心配をかけてすまなかったな。怪我はないか?」
「兄さんこそ、無事でよかった」
再会を喜び合う二人が一息つくの待って、クローブがランディに声をかけた。
「それにしても、よくここがわかったな」
「それは、カナリちゃんのおかげなんだ」
「カナリの?」
ライアとクローブは目を丸くした。
「母さんのことを相談するために、ジュスイ氏を訪ねたんだ。あの人なら、力を貸してくれそうだったからね。そうしたらそこにカナリちゃんがいて、それではじめて、ライアも来てるってわかったんだ。事情も彼女から聞いたよ」
どうやらカナリは、クローブたちが朝になっても一向に帰ってこないのを見て、これは何かあったかもと敏感に察したらしい。事前にある程度のいきさつを話しておいたため、ライアたちが最後にどこに向かったのかもわかっていた。しかし、事情が事情だけに両親に相談するわけにもいかず、ジュスイのことを思い出し、助けを求めに行ったそうなのだ。
「帰ったらお礼を言わなくちゃ。ねえ、クローブ」
「全くだ。今回は、かなりあいつの世話になったからな」
ライアはクローブに軽く微笑むと、隣にいる兄にペンダントを手渡した。
「これは……!」
「兄さん落としたでしょう。このおかげで、とんでもない勘違いをするところだったわ」
言って、ライアははっとしてクリスを見た。バーガスを殺したのは兄ではなかったが、クリスの罪は明白だ。お咎めなしというわけにはいかないだろう。
そして。ライアは、そっと、少し離れた所にいる母を見た。大王様の書状を受け、放心したように立ち尽くしている母は、とりあえず王やカーターを殺すことを思いとどまってくれたようだ。
兄たちが間に合ってくれたことには感謝のしようがないが、幽霊事件を装って母が今まで起こしてきた事件の罪は、消すことができない。母も、クリスも、それから部屋の隅で大人しくしている国王とカーターにも、時間が必要だろう。長く、重い時間が。
これから全員で城へ行き、指示を仰ぐことになる。じきに、大王の命を受けた特殊捜査員たちも到着する。クインをはじめとする、当時事件に関った者たちの屋敷から、どれだけ事件の真相を裏付ける証拠が出てくるのかはわからない。
しかし、やっと終わるのだ。誰もがそう思っていた。その時。
「まだです」
カーターが低く呟いた。
皆が一斉に振り返る、その数秒の間に、それは起こった。