三剣の邂逅
フレシアの瞳が悲しげに曇った。
「あの、ホワイトって男も殺意をそいだ。あの男はあたしに、自分を殺して欲しいって頼んできた。その代わり、彼を待っている恋人に、持ってきた髪飾りを渡して欲しい、自分はもう帰れないからと」
「母さん……」
「あたしだって鬼じゃない。そんな彼を見て、はいそうですかってとどめをさしたら、何より、優しかったクラークが悲しむ。それで、復讐心をこの胸のうちに納め、あの世でクラークが安心して見ていられるような生活を送ることを心に決めたのよ」
それは母として、妻としての愛の形だったが、だからこそ、クローブは首を捻った。
「じゃあ、なんだって今さらこんな馬鹿なことをしたんだ? この一連の事件も、あなたが起こしたことなんだろう?」
フレシアが鋭い目でカーターを見た。
「それはそこの男に聞いて。そもそも、あいつが再びあたしの目の前に現れたのが、すべての原因なんだから」
三人が驚いてカーターを見た。
「母さんが、カーターに会った? ……あっ?」
ライアの脳裏に、隣国の大使がやって来た日の記憶が、不思議なほど鮮やかに蘇った。
テーブルの上に置かれた、二つの湯のみ。
そうだ。あの日、兄の様子にばかり気を取られていたが、確か母の元に、来客があったではないか。じゃああれは……。
「あの日来ていたお客さんが、カーターだったのね」
ライアとクローブにとって、それは思いもよらない事実だった。
あの日、ランディとクリスとの出会いが、すべての発端だと思っていた。そう考えても、それなりのつじつまは合っていた。だが、実は知らないところで、もっと大きな意味を持つ出会い、正確には因縁の再会なるものがあったとは。
「クリス、どうして教えてくれなかったの?」
ライアがクリスに詰め寄った。
カーターに付き従っているところを兄に見られたのなら、クリスはずっと彼の側に控えていたはずだ。それなら、ライアたちの家にカーターが寄れば、わかりそうなものなのに。
「いや、俺は何も知らないよ」
クリスが困ったように記憶を辿る。
「確かにあの日はずっとこいつと一緒にいたけど、そんな一民家になんか行かなかった」
「? だって、今母さんが……」
「そうです。私はあの日、フレシア殿に会いに行きました」
カーターが、事も無げに肯定した。
「それも内密にね。村長さんからの歓迎時間をいただきました」
「村長さん?」
そういえば、彼の家にのみ、大使が立ち寄ったと聞いたことをライアは思い出した。
ライアの村、モスリーのヤン村長は、どういう事情があるのかは知らないが、小さい村には不釣合いな財産家で、人はいいのだが、金遣いが少々荒い。
「ええ。実はこの村に昔の幼馴染がいて、その人に会いに行きたいのだが、大事にしたくないので、その間ここで歓迎を受けていたことにしてくれませんかと、お金を積んで頼んだら、快く引き受けてくれました」
「…………」
あの金に目のない村長なら、十分にありえるとライアは思った。
「それで、一体何を話したんだ?」
クローブが、フレシアとカーターを見比べながら尋ね、答えたのはフレシアだった。
「どういうつもりか、あたしの殺意を呼び起こす内容ばかりよ。うわべだけの弔い、きらびやかな自分の今の生活。まあ、極めつけはアンのことだけどね」
「母さんのこと?」
クリスが瞳を大きくした。
「正確には、アンの一家のこと。あたしは、国を追放されてから、アンの家とは交流が途絶えてしまって、どこに行ったのかもわからなかった。だけどどこかで、あたしのようになんとか生きていると信じていた」
クリスが瞳を曇らせた。
「けれど……カーターは、無情にもアンとサーシャ、それに生まれてくるはずだった子供の死を語った……なんの感情もなく」
フレシアの声が震えた。
「許せなかった。やっと辿り着いた国を、受け入れてくれた王を、見つけた、たった一人の愛する人を、そして今また、大事な友を奪ったあんたたちを!」
「うっ!」
首をものすごい勢いで締め付けられ、国王の顔が苦しげに歪んだ。だがフレシアの表情は変わらない。
「ホワイトのように、他の奴らもそれなりに罪の意識に苛まれて生きているんだと思った。でも違った。きっと皆、非情なことをやっておきながら、ただのほほんと生きていられる、この男のような腐った奴らばかり」
ふっと口元を和らげる。
「そう思ったら、忘れていた殺意が、あたしの胸の中にふつふつと湧き上がってきた。誰も奴らに制裁を加えないなら、あたしがやるしかない。子供たちも、もう十分大きくなった。クラークにはあの世で謝ればいい」
「それで、ランディがいなくなったのを機に、ライアを家から遠ざけたんだな。自分の計画がばれないように」
クローブの言葉が、ライアの心に小さく突き刺さった。
「本当は、隣村の用事なんてなかったのね」
「お前たちを巻き込まないには、ああするしかなかったから」
フレシアは少し悲しげに言った。
「ライアが出立してすぐ、あたしもモスリーを発ち、ヴィアレトに入り込んだ。そして、あの時事件に関った十人の兵士から狙いはじめた。アンの復讐もかねて、幽霊騒動を引き起こし恐怖をあおる。すべて望んだような効果が得られた」
「何故、当時の兵士の名前がわかったんだ?」
クローブが不思議そうに尋ねた。
「ホワイトとかいう男が、せめてもの償いにと、当時の実行犯の名前を連ねたリストを持ってきたのよ。それを利用した」
「真っ先に私や王を狙わなかったのも、恐怖をあおるためですか?」
「そうよ。だんだん事件に関った者が被害にあっていく中で、次は自分かもしれないという恐怖を、味合わせてやりたかった」
「でも、まだ十人片付いていないのに、ずいぶん思い切ったことをしましたね」
カーターは、国王をその手に捕らえているフレシアを眺めた。
「やむを得ない。これ以上大事なものを傷つけさせるわけにはいかないから」
愛する男が残してくれた、唯一無二の宝だ。フレシアの視線の先でライアが尋ねる。
「どうして私たちが捕まったとわかったの?」
「わかるわ。あたしはこの国に来てすぐ、このクインの屋敷に女中として入り込んで、奴の行動に始終目を光らせていたから」
「何故クインなの?」
「あたしの最終目的はカーターとこの王。それなりの手は打っておかなければならない。カーターの方はいざ知らず、国王の方はなかなか接点がもてないのがわかっていたから、それなら、現在王と最も親しくしている者に近づくのが一番確実」
ふふふとフレシアが笑った。
「馬鹿な男。ちょっと色目をつかったら、あたしの素性をろくに調べもせずに雇ってくれた。事件前で無警戒。まあ、感謝しなくちゃね。こうして王様とご対面できたんだから」
フレシアの腕の中では、ますますぐったりした王が荒い息をしている。
「王に何をしたのです?」
カーターが厳しい顔で聞いた。
「別に毒なんてもっていない。ただ睡眠薬をちょっとね。女のあたしが大の男を狙うんだから、これくらいの小細工、あんたたちにはなんでもないだろう?」
「睡眠薬……ですか」
「そう。着いたばかりの王に、主の言いつけだと言って勧めたワインの中に少しね」