三剣の邂逅
クリスの殺気を帯びた視線を浴びながら、カーターがゆっくりとライアに視線を移す。
おもむろに胸元に手を入れると、懐から、取り上げられたライアの短剣を取り出した。
「ライアですね」
穏やかに尋ねられて、ライアは急いで視線を逸らした。カーターは続いて視線をクローブへとずらす。その表情がわずかに揺れたが、すぐにクインを振り返った。
「お手柄ですね」
クインが嬉しそうに手をこすり合わせた。
「そりゃあもう。後はこいつらから仲間のことを聞き出せば完璧です」
「仲間? まだ他にもいるのですか?」
「もちろん」
妙に自信たっぷりのクインに、再びクローブが口を開いた。
「だからこれで全部なんだが」
クインが探るような目で三人を睨んだ。
「そんなはずはない。そうだな、このメンバーから考えると……クリス、お前には確か、弟がいたな」
クリスがピクリと反応した。
「ほう、その顔は図星か? お前のかわいい弟はどこにいる?」
クリスの弟が仲間だと思い込んだクインが、いやらしい目を向けた。
確かに、以前見た記録によると、クリスには、二つ離れた弟がいたはずだ。
下を向いたクリスの肩が大きく上下しているのを見て、クインがますます双眸を緩めた。
「弟思いなんだなあ。だが、素直に居場所を言わないと、兄貴の首を転がして誘き寄せなきゃならなくなる……」
「いいかげんにしろ!」
クリスの怒鳴り声が牢屋中に木霊した。上げた顔は、激しく紅潮している。
「サーシャがどこにいるかだと! あいつを殺したのは、お前たちじゃないか!」
思わぬ言葉に、ライアとクローブも驚いて彼を見つめた。
「サーシャは、もう七年も前に死んだ。父さんが死んだ後、母さんが後を追うように死んで、たった二人だけの兄弟だったのに……。あいつは生まれつき体が弱かったんだ。それなのに、いろんな心労が重なって……何もかもあんたたちのせいじゃないか!」
クリスの剣幕に気おされながらも、クインが必死で毒づいた。
「そんなこと、でたらめに決まってる」
だが、同意を求めた視線の先で、カーターが静かに首を振った。
「彼の言っていることは本当ですよ。イアンの妻のアンは、あの頃子供を宿していたんです。しかし、出産直前にあの事件があり、お腹の子供は流産。彼女も、それが原因で亡くなったのです。それからしばらくして、下の息子も亡くなったと聞きました」
クリスが俯いた。
「あの事件の前まで、俺たち一家は幸せだったんだ。俺も……父さんも、サーシャだって、赤ん坊が生まれてくるのを本当に楽しみにしてたんだ、それなのに、それなのに……」
ライアは、やっと何故、クリスが深い恨みを持っていたのかがわかった。
クリスは、家族をすべて失い、この十年を、たった一人で生きてきたのだ。それも、復讐だけを心の支えとして。
それがどんなに孤独で辛いものか、ライアには想像すらできなかった。
自分には、いつでも優しく慈しんでくれる母がいた。暖かく見守ってくれる兄がいた。
もし彼らがいなかったら。そんな目に遭ったのが自分だったなら。今目の前で憎しみの闇に囚われているのは、自分かもしれなかった。
しかし感傷に浸る間もなく、クインが無骨な声を上げた。
「ほー、それであんな幽霊騒ぎを起こしたんだな。死んだ自分の母親と、生まれてくるはずだった赤ん坊の姿をして、復讐したわけだ」
クリスが大きく首を振った。
「違う! あれは俺じゃない」
全員が一斉にクリスを見た。
「俺の方こそ聞きたい。あの幽霊には、俺も気になるものを感じた。もしかして本当に母さんの幽霊かとも思って、調べてたんだ。あれは、あんたたちじゃないのか?」
急に話を振られて、ライアとクローブは驚いて首を振った。
「いや。俺たちも、てっきりあんたが犯人かと思ってた」
「違う。今日だって、そもそもはその幽霊のことを調べに、この屋敷に来たんだ」
留守だとわかり、何か手がかりがないかと入り込んだ結果がこれだ。
牢の中で三人が顔を見合わせた。それでは、あの幽霊騒ぎは一体。
「ふん、どうせその幽霊もお前たちの仲間がやったに決まっている。その証拠に、ついさっき、また幽霊が出たそうだ」
「えっ?」
「お前たちは皆ここにいたんだ。仲間がやったってことだろ」
苛立たしげに言うクイン。三人の頭に思いつくのは、一人しかいなかった。
「まさか……兄さんが?」
ライアがそっと隣にいるクローブに問いかけた。クローブも渋い顔をしている。
確かに、この状況で考えられるのは、ランディぐらいしかいない。
唯一の救いは、クローブをランディだと思い込んでいる相手が、仲間の対象からランディを完全に外してくれていることだ。
「そういうことですから大使、この者たちを拷問にかけて、仲間の居所を吐かせましょう」
クインが物騒な笑みを浮かべたが、カーターが穏やかに反論した。
「いえ、それはやめた方がいいでしょう」
「何故です?」
「どんなことをしたところで、この者たちが素直に話してくれるとは思えません。なんせあのクラークとイアンの子供たちですからね」
「だが……」
「それより、仲間がいるなら、彼らを私たちが捕えたのも知っているはず。人質として生かしておけば、向こうの方からやって来てくれますよ」
「なるほど、いかにも文官殿のおっしゃりそうなことだ」
クインはいさかか不満そうだが、どうやらカーターに歯向うだけの立場にはないらしい。言われるまま、しぶしぶ引き上げていった。
「仲間、か」
部屋を出る間際、カーターが意味ありげに呟いたが、その声は誰の耳にも届かなかった。