三剣の邂逅
第八章 明かされた真実
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いるかもわからない「お仲間」を誘き出すため、三人が牢に入れられたまま早三日が過ぎた夜更け、なんと、王自らが、カーターの屋敷にお忍びでやって来た。
それというのも、何がなんでも三人を拷問にかけたいクインが、早く三人を罰したくて泣きついたようだ。
クインは、あの十人の中でも、とりわけ国王と繋がりが深いらしい。
それがわかったのは、国王が護衛として連れてきた男たちを見た時だった。彼らは紛れもなく、ライアたちを襲った男たちだったのだ。
驚くライアとクローブに、クインは、町中で十年前の事件を調べている二人を見つけたのは自分で、王に相談してこの者たちを借り受けたのだと、誇らしげに語って聞かせた。
王直接の配下なら、あの常人離れした戦闘能力も頷ける。捕まる前、クインがクローブの腕前を知っているような発言をしたのも、このためだったのだ。
元王弟、現国王は、鋭い眼差しを持つ、面長の男だった。忍びのため、全身漆黒の目立たない格好をしているが、マントの中から見える腰挿は黄金の立派なものだ。
王は、牢内に用意された数々の拷問道具を眺めて、眉をひそめた。
「私は残酷なことは好まない」
脇に立てかけてある長剣を指差した。
「あれで一発で仕留めろ」
「殺してもいいんで?」
クインが意外そうな声を上げた。
「いろいろと聞き出すなら、この女一人を残しておけばすむこと。男は生かしておくと後々厄介だ。危険な芽は摘んでおく方がいい」
淡々と言ってのける。何が残酷なことを好まないだ、とこの場の誰もが思った。
「国王様がずいぶんご立派なお言葉を下さる。ろくに調べもしないで、いきなり口封じか」
王が、肩をすくめたクローブに、冷めた眼差しを向けた。
「別に構わないだろう。お前たちは立派な罪人だ。国外追放の身でありながら国に入り込み、数々の事件を引き起こし、国の大使と、あろうことか私の命まで狙ったのだ」
事も無げに言ってのける国王を前にして、三人はこの男こそが、十年前の事件の真の犯人であることを確信した。
その間にも、お許しをいただいたクインが、早速処刑の準備を始めている。
「さて、どっちからにしようかな」
クローブとクリスを交互に見比べて舌なめずりをしているクインのところに、またしても邪魔が入った。
「王」
入ってきたのはカーターだった。うるさい奴が来たと、クインが露骨に嫌そうな顔をしたが、彼は構わず王の側まで歩み寄った。
「罰せられるのは結構ですが、その前に事件の真実を彼らに話してあげたらいかがです?」
「何故わざわざそのようなことをしなければならない?」
迷惑そうな国王に、カーターは引き下がることなく言った。
「彼らには、真実を墓場に持っていく権利があります」
穏やかだが、鋭い瞳を向けられ、国王がふっと口元を和らげた。
「お前らしいな。まあいい。仮にも元忠臣の子供だ。冥土の土産ぐらいはくれてやろう」
そう言って、牢に張り付いていたクインを下がらせる。
クインは横目でカーターを睨みながら、しぶしぶ部屋を出て行った。
牢内では、国王とカーター、それに囚われの身のライア、クローブ、クリスが、異様な雰囲気のまま立ち尽くしていた。
「王を殺したのは、父さんたちではなく、お前らなんだな」
クリスが、怒りを含んだ口調で問いかけた。
「そうとは言い切れないな。実際に手を下したのは、下賎な下々の者たちだ」
冷たい微笑を浮かべ、人事のように語る国王の態度は、怒りよりも恐怖すら感じさせる。
「そんな言い方は卑怯だ! 裏で手を引いたのはお前じゃないか!」
「まるで見ていたような言い振りだな」
感情を露にしているクリスとは対照的に、国王はあくまで嘲笑の姿勢を崩さない。
真面目に語ろうとしない国王に代わって、カーターが一歩前に進み出た。
「確かに、十年前、国王が暗殺された事件の真犯人は、クラークとイアンではありません。ご推察の通り、私たちが彼らを犯人に仕立て上げました」
三人の表情が凍りついた。薄々わかっていたこととはいえ、真犯人から直接語られる言葉には、想像を絶する重みがある。
言葉が出ない三人に向かって、カーターがなんとも言えない笑みを浮かべた。
「さあ、何から話しましょうか。ある程度のことはもう気付いているでしょう。皆さん熱心に調べていたようですからね」
質問を求めるようにゆっくりと三人に目を向ける。一番前にいたクリスが口を開いた。
「誰が俺の親父を殺したんだ?」
「イアンを殺したのはこちらの国王ですよ。私がそうお願いしました」
「なっ!」
クリスの顔色が変わった。鉄格子に掴み掛る。
「お願いしました、だと!」
もし間になんの障害もなければ、間違いなくクリスはカーターの首を絞め上げていただろう。そう思われるほど殺気がみなぎっている。
しかしカーターは臆する様子もない。
「そうです。昔馴染の情けですよ」
「情けだと?」
「ええ。あの時、あの二人を殺せる者は極限られていました。目の前で射抜かれた王に衝撃を受けているその時、彼らの背後から攻撃する必要があったのですから」
「その王を射抜いた男たちも、お前たちが雇ったんだな?」
二人の会話に、横からクローブが割って入った。
「もちろんそうです。弓の腕の立つ者をね。皆さん相手が誰なのか知らずに射ぬいたんですよ。ですから、自分たちも殺された時は、何がなんだかわからなかったでしょうね」
カーターは話題にそぐわず上品に笑った。
「そして、その男たちが王を射抜いた時、二人は信頼にたる、後ろを預けられる者に完全に背を向けていました。それが、現国王とその配下三名、それに私の五人です」
カーターがわずかに目を細めた。
「しかし、私は彼らを他の者の手で殺したくはなかった。それで一人を国王自らの手で葬ってもらったのです。仕えていた王族の手にかかるなら、彼らも本望なことでしょう。亡くなった主に、死後の国でも仕えられるのですから、忠臣としては羨ましき限りです」
ライアが声を震わせた。
「じゃあ、父さんを殺したのは……」
「もちろん私です」
またしてもクリスが声を荒らげた。
「卑怯者! 背後を狙うなんて、お前らそれでも男か!」
「悪いのはあなた方のお父上たちですよ。そもそも、あそこまで腕が立たなければ、私たちだって、こんなことをしなくてすんだのですから。おかげで、背後の傷が致命傷とわかられぬよう、無駄に傷を増やしたりと、たいへん心を痛めました。検死をした医師が賢明な方だったので助かりましたが。ねえ、王」
カーターが後ろで暇そうにしている国王を振り返った。
「全くだ。余計な手間をかけさせてくれた」
二人の冷酷な会話にたまらなくなったライアが、思わず叫んだ。
「何故、何故父さんを殺したの? あなたと父さんたちはとても仲がよかったって……親友だったんでしょう」
悲痛なライアの言葉を、カーターは、おもしろそうに聞き返した。
「親友? それは違いますよ。私はあの二人を友人だなんて思ってはいません。むしろ恨んでいましたよ」
「えっ……」
困惑の表情を浮かべたライアに、カーターが一歩近づいた。