三剣の邂逅
ライアの父のクラークも、クリスの父のイアンも、その剣の腕は、国内では右に出るものがいないと聞いていた。クリスはまさに、イアンの子供なのだ。
クローブは、改めてクリスに尋ねた。
「それで、お前がカーターを敵と狙う訳はなんだ? 何か確たる証拠は見つかったのか?」
それまで口元にわずかな笑みを浮かべていたクリスの表情が、急に険しくなった。
「理由? そんなもの、俺の父さんとライアの父さん、それにあいつは、いつも一緒にいたのに、あいつだけが生きてるんだ。それが何よりの証拠さ」
予想よりもはるかに私情的な理屈に、二人は面食らったが、クリスはまくしたてるように言葉を続けた。
「怪しいのは現王だって同じだ。二人して父さんたちをはめたんだ。でなきゃ、あんなに強かった父さんたちが、あいつらなんかに殺されるわけがない!」
二人ははっとして、顔を見合わせた。
クラークとイアンは、とても強かったという。そんな剣豪が二人も揃って、そう簡単に討たれてしまうものだろうか。
あの時彼らは、自分たちが潜ませていたとされる八人を除いたとしても、王弟とその側近三名、カーター、それに駆けつけた王弟の部下十人の、少なくとも十五人を二人で相手にしなければならなかったことになる。
二人が犯人ではなく、その場にいた全員を相手にした場合だと、さらに増えて二十三人。
これは一見かなり多いように見える。だが、はたして本当にそうだろうか。
二人で二十三人とすると、単純に考えて、一人当たり十一・五人だ。
数日前、黒ずくめの男たちに襲われた時、クローブは一人で十人を相手にしていた。
あの時は自分が足手まといになり退散せざるを得なかったが、あのまま彼一人で戦っていたならば、おそらくほとんどを撃退できたのではないかと、ライアには思える。
そう考えると、国一番の剣士であるクラークたちに十一・五人という人数は、決して不可能ではないのかもしれない。それでも殺されてしまったとなると……。
ライアの頭の中に、一つの疑惑が浮かび上がる。
「もしも、味方だと思っていた者に、思いもかけず攻撃されたりしたら……」
ライアの言葉が震えた。それなら、彼らが命を落としたことも、納得がいく。
クリスが大きく頷く。
「そういうことだ」
「だが、それだけでは憶測にすぎない。例えそれが真実だとしても、確かな証拠は必要だ」
クローブはあくまで冷静な態度を貫いたが、クリスがずいと指先を突き出した。
「証拠はないが、そいつは紛れもない真実だぜ。俺が今の推理を突きつけたら、バーガスの奴、どうしてそれを、って言ったんだ」
嬉しそうに話すクリスの顔はひどく冷たい。そんな彼を見て、ライアは疑問を持った。
「あなたは、どうしてそこまでカーターたちを恨むの? 今なら、父たちが無実の咎で殺されたことがはっきりしたけど、あなたは以前から、彼のことを憎んでいたんでしょう?」
ライアには不思議でならなかった。兄、ランディとどうしても比較してしまうからだ。
ライアの家とクリスの家の境遇は、ほとんど同じだ。父親が国犯の烙印を押され、家名剥奪、国外追放の憂き目に遭っている。
しかし、復讐一本に生きてきたクリスと違い、兄、ランディはここ十年、実に穏やかに過ごしてきた。復讐心など、まるで持っていないようだった。
いや、現にカーターと再会してなお、復讐しようとするクリスを止めようとしたのだから、ランディは、カーターたちをそこまで恨んではいないのだろう。
では、一体何が、ランディとクリスを分けてしまったのだろうか。
「あんたには一生わからないだろうさ」
クリスが、生気のない瞳をライアに向けた。
「あんた、今まで幸せに生きてきたんだろ?」
「えっ?」
「父親がいなくても、優しい母親と頼りになる兄貴に守られてぬくぬくと育ったんだろ?」
「…………」
責めるようなクリスの言葉。ライアは、自然と表情を強張らせた。
「違いはそこさ。俺にはそれがなかった。それだけだ。だがその違いが何より大きい……」
クリスは消えるように言葉を切った。
「……そのお前の過去が、あの幽霊騒動に関係しているのか?」
黙って聞いていたクローブが、ゆっくりと尋ねた。
「それは……」
その時、頭上の方で物音がした。クリスが弾かれたように蝋燭を吹き消す。
一瞬、辺りが真っ暗になって、すぐに重たい音と共に、頭上から光が注ぎ込んだ。
続いて、鎖でできた梯子が、乱暴に下ろされる。
「出ろ。お前たちに聞きたいことがある」
三人は、正規の階段で繋がった地下牢へと身柄を移された。
鉱山の採掘責任者の屋敷に、何故このようなものが完備されているのか謎だが、よほど危ない橋を渡っているのだろう。
その中で、頑丈な鉄格子をはさみ、三人は再びクインと向き合った。
クインは三人をジロリと見渡した。
「お前たちに聞きたいことがある」
まるで罪人を問いただすかのような、鋭い目を向ける。
「お仲間についてだ」
三人が顔を見合わせた。
「これで全部だが」
代表してクローブが答えた。
「そんなはずはないだろう」
クインが妙に優しげな声を出した。
「他にもまだいるはずだ。そうだな、ここにいるのはライア=フレノール、ランディ=フレノール、そして、クリス=コルバート」
一人ずつ指差しながら名指していくクインに、クリスとクローブは驚いて声を上げた。
「どうしてそれを!」
「俺がランディか?」
クリスは、彼の身元を明かしてしまうあの短剣を、床下から這い上がるわずかな時間の間に、こっそりブーツの中に隠しこんでいた。
それなのに、何故彼がイアンの息子であるとばれてしまったのか。
対してクローブは、自分がランディだと思われていることに驚いていた。年齢的にも近く、ライアと一緒にいたので、勘違いされたようだ。だが、違うと言ったところで、信じてもらえそうな状況でもないので、否定するだけ無駄だろう。
反論する気のないクローブと違って、クリスの方は声を張り上げた。
「何故だ、何故俺のことがわかった?」
明らかに動揺しているクリスをあざ笑いながら、クインが部屋の扉に目を向けた。
「本人から直接聞いたらどうだ?」
入ってきた人物を見て、クリスが固まった。
「カーター……」
ライアとクローブが、驚いて目を凝らした。
自分たちの目の前まで歩いてきたのは、初老の、品のよさそうな男だった。
肩より少し下でまっすぐに切りそろえられた黒髪に、黒曜石のような瞳。
かすかに笑みをたたえたその表情からは、なんの感情も読み取ることはできない。
「いつから……知っていた?」
クリスが憎悪を隠しきれない瞳で、相手を睨みつけた。。
「あなたが私の護衛兵として入った時から。復讐のための出仕だったとは残念です。これでも、あなたのことをかっていたのですよ」
「ふざけるな!」
「ふざけてなどいません」
彼の声はあくまで穏やかだった。
(この男が、カーター)
ライアは、普段では考えられないほど大胆に目の前の男を見つめた。
クリスと会った日に、あれほど会いたいと思った人物がすぐそこにいる。しかも彼は、父親の敵なのだ。だが、まだ実感がわかない。