三剣の邂逅
2
「あんたたちこそ誰だ?」
聞きなれない声と共に現れたのは、一人の青年だった。それはランディではなかったが、それでもライアは、驚きの声を上げた。
「あっ、あなたは!」
その人物を、ライアは知っていた。
気の強そうな顔立ち。年齢は、おそらく兄と同じくらいだろう。暗闇ではっきりした色彩感覚はないが、彼が若草色の髪と、美しい翡翠色の瞳の持ち主であることを、ライアは思い出していた。
数日前、サム=オズレイ氏の家の前であった、カーターの護衛兵だ。
ライアからそのことを聞いたクローブも、驚いて青年に見入った。
「なんだよ、じろじろ見て。あんたたちこそ、こんなところで何やってるんだ」
つっけんどんに言われて、ライアは戸惑いを隠せなかった。
なんだか、以前会った時とだいぶ雰囲気が違う。今の彼には、前のような優しげなところがなく、どちらかというと近寄り難い感じだ。
二人が黙っていると、青年は面白くなさそうに言った。
「だんまりかよ。別にいいけどさ」
そう言って、火の側でごそごそと荷物をあさり出す。
「何故、火を消していたの?」
何を話していいのか困り、ライアは訳のわからない質問をした。
「荷物を持ってるってわかられないためさ。あんたたちと違って、俺は部屋に入ってすぐこの穴に落とされたんだ。おかげで荷物も取り上げられなかった。火を焚いてたら、まとめて取られちまうだろ」
「そうなの」
青年の話を聞いて、ライアは荷物と一緒に、父親の短剣まで取られてしまったことを思い出した。しかもクインの様子からして、正体を知られてしまったようだ。
青くなっているライアにはお構いなしに、青年はクローブに声をかけた。
「あんた、小刀とか持ってるか?」
「いや、取られた剣一本きりだ」
「じゃあこいつを貸すから、これでこの石壁のブロックを外すのを手伝ってくれ」
古びた短刀を投げてよこす。次いで、自分も短剣を一本取り出した。
「あっ!」
ライアがその剣を見て小さく叫んだ。彼の手元にあるのは、ライアの父が持っていたのとよく似た短剣。今は伝説となりつつある三剣の一つだ。
目を凝らすと、暗闇ながらにも、黄色い石がはめ込まれているのが分かった。
「お前、イアン=コルバートの息子か?」
同じく短剣に気付いたクローブが問いかけると、青年はたちまち警戒した顔になった。
「どうして……それを」
手にした短剣を握りなおす彼に、今度はライアが割って入った。
「私、ライアっていいます。クラーク=フレノールの娘です」
今度は青年が驚く番だった。
「じゃあ、ランディの妹か」
「兄をご存知なんですか?」
「知っているも何も、俺とあいつは幼馴染だ」
そういえば、父親同士が幼馴染。考えてみれば、極自然なことかもしれない。だが、その点についてはすっかり失念していたライアとクローブは、驚いてしばし言葉を失った。
「俺の名は、クリス。クリス=コルバート」
クリスが自ら名を名乗った。その目は、ライアの胸元に向けられている。
「そのペンダント。本当にライアなんだな。昔は会ったこともあるんだが、女の子は変わるってホントなんだ、全然わからなかった」
クリスは照れたように頭を掻いた。
ペンダント、と聞いて、ライアは先程上の書斎で拾った鎖を取り出した。
「あの、これ、あなたの?」
「えっ? ああそう、俺のだ」
クリスが胸元から小さなロケットを出し、鎖に通した。
「落とされた時に外れたんだ。中に、父さんの写真が入ってる」
三人は、石壁を外す作業の手を休めて、しばらく話し込んだ。
ここでの会話で、今まで謎だった多くのことが解明された。
順を追って話せば、まず、ランディを旅立たせる直接的なきっかけとなったのは、どうやらカーターではなく、クリスだったようだ。
あの日、ランディは村で偶然大使が通りかかるところに出くわした。それは間違いなくカーターだったのが、ランディの関心は別のところにあった。彼はそこで、カーターの側に控えている、かつての友人の姿を見かけたのだ。ランディはすぐに疑惑を覚えた。
クリスが、カーターをひどく恨んでいたことを、ランディはカルーチアにいた時から知っていたからだ。その彼が、今その憎んでいた当の相手の護衛に納まっている。
嫌な予感がしたランディは、その真意を確かめるため、クリスを追った。
そして、二人はエンスルで十年ぶりの再会を果たした。
クリスはこの時、ランディからこの話を直に聞いたのだと言う。逆にランディは、ここでクリスから、復讐の決意を聞かされた。名前を偽り、上手くカーターの側に入り込めた。後はしかるべき証拠を見つけ出して、近いうち必ず復讐してやるのだ、と。
ランディは、馬鹿なことはやめろとクリスをひどく諫め、その言い争いを、酒場の少女が記憶していたというわけだ。
ただし、クリスはその後すぐランディとは別れ、それ以降会ってはいないという。
ライアが、兄をこの町で見かけたのだというと、クリスはすぐ、俺を追ってきたんだとため息をついた。おそらくランディは、親友、クリスの復讐を止めることを諦め切れずに後を追ったのだろう。そう考えれば、ランディがクリスに気付かれないようにと、カルーチアに入ってからペンダントを外したことも、納得がいく。
さらにその推測は、ランディと別れた後のクリスの行動を聞いて、確信へと変わった。
クリスが、バーガスという男の情報を、遊廓で得たと言ったのだ。
女が言っていた三人の訪問者、ランディとクローブの前に来たという謎の一人は、クリスだったのだ。つまり、ランディはクリスの行動を見張っていて、彼が遊廓でなんらかの聞き込みをしたことを見てとった。そして、自分も同じことを聞き出し、クリスの考えを知ろうとしたのだろう。
ちなみに、クリスはバーガスの最初の情報を同僚から仕入れていたらしい。それで詳しいことを聞きに、バーガスが当時よく行っていたという遊廓に足を運んだのだそうだ。
そして、ライアとクローブは、クリスから衝撃的な告白を受けた。
「バーガスを殺したのは俺だよ」
あの日、彼は兵舎の見回りの帰りだったバーガスを待ち伏せ、なかば脅すように十年前の事件の話を持ち出したという。事態が穏やかにすむはずがなかった。
最初に剣を抜いたのはバーガスの方で、はじめクリスは防戦一方に留めていた。
しかし、相手の殺意は本物で、しかも、仮にも現国王直属軍の副司令官。手加減のできる相手ではなく、結果、クリスの短剣が、彼を仕留めてしまった。
事件の真相を聞いて、ライアとクローブは、それぞれに衝撃を受けた。
ライアは、犯人を目の前にしてなお、ずっと心の重荷となっていた兄が犯人ではなかったことに、内心ほっとしていた。遠く感じるようになってしまっていた兄が、ライアの知る兄であることを信じ続けることに、一筋の希望が湧いてくる。
一方クローブは、一戦士として、クリスの剣の腕に感じ入っていた。まだ二十代半ばの青年が、国王直属軍の副司令官と戦って勝ったのだ。これは、並大抵の腕ではない。
「さすが、血は争えんな」
「あんたたちこそ誰だ?」
聞きなれない声と共に現れたのは、一人の青年だった。それはランディではなかったが、それでもライアは、驚きの声を上げた。
「あっ、あなたは!」
その人物を、ライアは知っていた。
気の強そうな顔立ち。年齢は、おそらく兄と同じくらいだろう。暗闇ではっきりした色彩感覚はないが、彼が若草色の髪と、美しい翡翠色の瞳の持ち主であることを、ライアは思い出していた。
数日前、サム=オズレイ氏の家の前であった、カーターの護衛兵だ。
ライアからそのことを聞いたクローブも、驚いて青年に見入った。
「なんだよ、じろじろ見て。あんたたちこそ、こんなところで何やってるんだ」
つっけんどんに言われて、ライアは戸惑いを隠せなかった。
なんだか、以前会った時とだいぶ雰囲気が違う。今の彼には、前のような優しげなところがなく、どちらかというと近寄り難い感じだ。
二人が黙っていると、青年は面白くなさそうに言った。
「だんまりかよ。別にいいけどさ」
そう言って、火の側でごそごそと荷物をあさり出す。
「何故、火を消していたの?」
何を話していいのか困り、ライアは訳のわからない質問をした。
「荷物を持ってるってわかられないためさ。あんたたちと違って、俺は部屋に入ってすぐこの穴に落とされたんだ。おかげで荷物も取り上げられなかった。火を焚いてたら、まとめて取られちまうだろ」
「そうなの」
青年の話を聞いて、ライアは荷物と一緒に、父親の短剣まで取られてしまったことを思い出した。しかもクインの様子からして、正体を知られてしまったようだ。
青くなっているライアにはお構いなしに、青年はクローブに声をかけた。
「あんた、小刀とか持ってるか?」
「いや、取られた剣一本きりだ」
「じゃあこいつを貸すから、これでこの石壁のブロックを外すのを手伝ってくれ」
古びた短刀を投げてよこす。次いで、自分も短剣を一本取り出した。
「あっ!」
ライアがその剣を見て小さく叫んだ。彼の手元にあるのは、ライアの父が持っていたのとよく似た短剣。今は伝説となりつつある三剣の一つだ。
目を凝らすと、暗闇ながらにも、黄色い石がはめ込まれているのが分かった。
「お前、イアン=コルバートの息子か?」
同じく短剣に気付いたクローブが問いかけると、青年はたちまち警戒した顔になった。
「どうして……それを」
手にした短剣を握りなおす彼に、今度はライアが割って入った。
「私、ライアっていいます。クラーク=フレノールの娘です」
今度は青年が驚く番だった。
「じゃあ、ランディの妹か」
「兄をご存知なんですか?」
「知っているも何も、俺とあいつは幼馴染だ」
そういえば、父親同士が幼馴染。考えてみれば、極自然なことかもしれない。だが、その点についてはすっかり失念していたライアとクローブは、驚いてしばし言葉を失った。
「俺の名は、クリス。クリス=コルバート」
クリスが自ら名を名乗った。その目は、ライアの胸元に向けられている。
「そのペンダント。本当にライアなんだな。昔は会ったこともあるんだが、女の子は変わるってホントなんだ、全然わからなかった」
クリスは照れたように頭を掻いた。
ペンダント、と聞いて、ライアは先程上の書斎で拾った鎖を取り出した。
「あの、これ、あなたの?」
「えっ? ああそう、俺のだ」
クリスが胸元から小さなロケットを出し、鎖に通した。
「落とされた時に外れたんだ。中に、父さんの写真が入ってる」
三人は、石壁を外す作業の手を休めて、しばらく話し込んだ。
ここでの会話で、今まで謎だった多くのことが解明された。
順を追って話せば、まず、ランディを旅立たせる直接的なきっかけとなったのは、どうやらカーターではなく、クリスだったようだ。
あの日、ランディは村で偶然大使が通りかかるところに出くわした。それは間違いなくカーターだったのが、ランディの関心は別のところにあった。彼はそこで、カーターの側に控えている、かつての友人の姿を見かけたのだ。ランディはすぐに疑惑を覚えた。
クリスが、カーターをひどく恨んでいたことを、ランディはカルーチアにいた時から知っていたからだ。その彼が、今その憎んでいた当の相手の護衛に納まっている。
嫌な予感がしたランディは、その真意を確かめるため、クリスを追った。
そして、二人はエンスルで十年ぶりの再会を果たした。
クリスはこの時、ランディからこの話を直に聞いたのだと言う。逆にランディは、ここでクリスから、復讐の決意を聞かされた。名前を偽り、上手くカーターの側に入り込めた。後はしかるべき証拠を見つけ出して、近いうち必ず復讐してやるのだ、と。
ランディは、馬鹿なことはやめろとクリスをひどく諫め、その言い争いを、酒場の少女が記憶していたというわけだ。
ただし、クリスはその後すぐランディとは別れ、それ以降会ってはいないという。
ライアが、兄をこの町で見かけたのだというと、クリスはすぐ、俺を追ってきたんだとため息をついた。おそらくランディは、親友、クリスの復讐を止めることを諦め切れずに後を追ったのだろう。そう考えれば、ランディがクリスに気付かれないようにと、カルーチアに入ってからペンダントを外したことも、納得がいく。
さらにその推測は、ランディと別れた後のクリスの行動を聞いて、確信へと変わった。
クリスが、バーガスという男の情報を、遊廓で得たと言ったのだ。
女が言っていた三人の訪問者、ランディとクローブの前に来たという謎の一人は、クリスだったのだ。つまり、ランディはクリスの行動を見張っていて、彼が遊廓でなんらかの聞き込みをしたことを見てとった。そして、自分も同じことを聞き出し、クリスの考えを知ろうとしたのだろう。
ちなみに、クリスはバーガスの最初の情報を同僚から仕入れていたらしい。それで詳しいことを聞きに、バーガスが当時よく行っていたという遊廓に足を運んだのだそうだ。
そして、ライアとクローブは、クリスから衝撃的な告白を受けた。
「バーガスを殺したのは俺だよ」
あの日、彼は兵舎の見回りの帰りだったバーガスを待ち伏せ、なかば脅すように十年前の事件の話を持ち出したという。事態が穏やかにすむはずがなかった。
最初に剣を抜いたのはバーガスの方で、はじめクリスは防戦一方に留めていた。
しかし、相手の殺意は本物で、しかも、仮にも現国王直属軍の副司令官。手加減のできる相手ではなく、結果、クリスの短剣が、彼を仕留めてしまった。
事件の真相を聞いて、ライアとクローブは、それぞれに衝撃を受けた。
ライアは、犯人を目の前にしてなお、ずっと心の重荷となっていた兄が犯人ではなかったことに、内心ほっとしていた。遠く感じるようになってしまっていた兄が、ライアの知る兄であることを信じ続けることに、一筋の希望が湧いてくる。
一方クローブは、一戦士として、クリスの剣の腕に感じ入っていた。まだ二十代半ばの青年が、国王直属軍の副司令官と戦って勝ったのだ。これは、並大抵の腕ではない。
「さすが、血は争えんな」