三剣の邂逅
2
「行ったか?」
「ええ」
男たちが去った後の静まり返った広場の中、風で揺れる木々の葉ずれの音に紛れて、二つの小さな声が囁き合った。
風が出てきて、さっきの男たちから逃れるように隠れていた月が、ようやく姿を現し、辺りを淡く照らしていく。長い逃走劇で疲れ切った心と体を癒してくれるような優しい月明かりを、ライアもクローブも、近くの葉の間から仰ぎ見た。
「月が上手い具合に隠れてくれて、助かったな」
目を細めて月を見るクローブの横で、ライアも幾分穏やかな口調で答えた。
「そうね」
「だが、まさかお前がここまでおてんばだとは思わなかったぞ」
クローブは月明かりの中、改めて、自分の隣の太めの枝にちょんと腰かけているライアをまじまじと見た。
「いきなり登りだすんだ、驚いたぞ」
「そう?」
二人は、広場の周りを囲むように植えてある木の中でも、一際大きな一本の上方に身を潜めていた。
男たちに追い詰められた広場で、意を決したライアは、突然足首近くまであるスカートをたくしあげ、目の前の大木を登りだしたのだ。
その勇ましい様子を思い出し、クローブは口元を歪ませた。
「だって、あの状況じゃ他に逃げ道がなかったし、身軽さには自信があるの」
事も無げにさらっと言ってのけるライアに、クローブはますます顔を引きつらせる。
「だがなぁ、あの状況で、お前が登り切るまで上向くなはないだろう。俺の木登りの腕がもう少し悪かったら、見つかってたかもしれないぞ」
「だって……」
ライアは赤くなったが、責めるような言葉とは裏腹にクローブは笑いをかみ殺している。
「あいつらも俺たちを見つけられないわけだな。暗かったうえに、まさかしとやかそうなレディが、木の上にいるだなんて夢にも思わないだろう」
クローブは楽しそうに空を仰いだ。
「もういいじゃない、細かいことは。結局上手く逃げられたんだから、ね」
そう言って、ライアはそっと地上に目を落とした。真夜中の広場は、静寂そのものだ。
「さっきの人たち、一体何者だったのかしら?」
「明らかに俺たち狙いだったな。どう見てもただの物取りじゃなかったし、こいつはひょっとすると……」
「例の事件がらみ」
クローブより一息早く、ライアが口を開いた。
「思い当たるのは、やっぱりそれよね」
「ああ、それしかないだろうな。俺たちも、今まで結構堂々と聞き込みをしてたから、目でもつけられたんだろうよ」
「でも、これで本当にはっきりしたわね。十年前の事件の真相を調べている私たちが狙われたってことは、そうされては困るということ。つまり、あの事件にはやっぱり、何か隠された裏があるっていう証拠よね? それに、もしかしたら、私たちの調査がかなり真実に近づきつつあって、それで焦ってこんな行動に出たのかも」
「あぁ、だが、あまり結論を急ぐなよ。それに、仮にそうだとしても、俺たちが襲われたなんて、物質的な証拠にはならないからな」
「それはわかるけど……でも、そもそもあの事件の物質的な証拠って、何か残っているものかしら」
「まぁ、当面一番頼れるのは当時の人間の証言だろうな。一番いいのは黒幕が自首してくれることだが、そうはいかないだろうし……」
「そうね……」
そんな良心の持ち主なら、そもそもこんな事件にはならなかっただろう。
「あっ、ちょっと待って。ということは、もしかして私が追放されたクラーク=フレノールの娘だってことも、知られてしまったのかしら?」
今さらながらにライアは慌てたが、クローブは冷静だった。
「いや、少なくとも今の段階じゃ、そこまではわかってないんじゃないか? もし知ってたら、こんな闇討ちより、国外追放者として正規に捕えに来た方が、確実で早い。俺たちの考えが正しければ、相手はそれだけの権限を持っているだろうからな。しかしさっきの奴らの行動は、明らかに、表ざたになるのを避けてたみたいだった」
「確かに、言われてみればそうかも」
男たちが、ライアたちが大通りに出るのを阻もうとしていたこと、逃走劇が深夜に行われたこと、火を多く焚こうとしなかったことなどを考えれば、そういうことになるだろう。
「俺たちを連れて行こうとしたのも、その目的を聞き出そうとしたのかもしれない」
「そうね、よかった……」
ライアは少し安心したが、クローブは固い表情を崩さない。
「だが、このままじゃこっちの正体が知れるのも、時間の問題だな。これは、あまり悠長なことをしてると、俺たちが別の犠牲者になりかねないぞ。もちろん、ランディもだ」
ライアははっとして顔を上げた。敵側がこちらの動きを警戒するようになれば、ランディに降りかかる危険性までも、急に高くなる。
「さっき言ってたように、ゆっくり残りを調べている暇は、どうやらなさそうだな」
考え込むクローブに、ライアは、意を決して声をかけた。
「クローブ」
真剣な声に、クローブが顔を上げる。
「私に考えがあるの。ちょっと危険だし、上手くいくかどうかわからないけど、早く兄さんを捕まえる方法が」
「行ったか?」
「ええ」
男たちが去った後の静まり返った広場の中、風で揺れる木々の葉ずれの音に紛れて、二つの小さな声が囁き合った。
風が出てきて、さっきの男たちから逃れるように隠れていた月が、ようやく姿を現し、辺りを淡く照らしていく。長い逃走劇で疲れ切った心と体を癒してくれるような優しい月明かりを、ライアもクローブも、近くの葉の間から仰ぎ見た。
「月が上手い具合に隠れてくれて、助かったな」
目を細めて月を見るクローブの横で、ライアも幾分穏やかな口調で答えた。
「そうね」
「だが、まさかお前がここまでおてんばだとは思わなかったぞ」
クローブは月明かりの中、改めて、自分の隣の太めの枝にちょんと腰かけているライアをまじまじと見た。
「いきなり登りだすんだ、驚いたぞ」
「そう?」
二人は、広場の周りを囲むように植えてある木の中でも、一際大きな一本の上方に身を潜めていた。
男たちに追い詰められた広場で、意を決したライアは、突然足首近くまであるスカートをたくしあげ、目の前の大木を登りだしたのだ。
その勇ましい様子を思い出し、クローブは口元を歪ませた。
「だって、あの状況じゃ他に逃げ道がなかったし、身軽さには自信があるの」
事も無げにさらっと言ってのけるライアに、クローブはますます顔を引きつらせる。
「だがなぁ、あの状況で、お前が登り切るまで上向くなはないだろう。俺の木登りの腕がもう少し悪かったら、見つかってたかもしれないぞ」
「だって……」
ライアは赤くなったが、責めるような言葉とは裏腹にクローブは笑いをかみ殺している。
「あいつらも俺たちを見つけられないわけだな。暗かったうえに、まさかしとやかそうなレディが、木の上にいるだなんて夢にも思わないだろう」
クローブは楽しそうに空を仰いだ。
「もういいじゃない、細かいことは。結局上手く逃げられたんだから、ね」
そう言って、ライアはそっと地上に目を落とした。真夜中の広場は、静寂そのものだ。
「さっきの人たち、一体何者だったのかしら?」
「明らかに俺たち狙いだったな。どう見てもただの物取りじゃなかったし、こいつはひょっとすると……」
「例の事件がらみ」
クローブより一息早く、ライアが口を開いた。
「思い当たるのは、やっぱりそれよね」
「ああ、それしかないだろうな。俺たちも、今まで結構堂々と聞き込みをしてたから、目でもつけられたんだろうよ」
「でも、これで本当にはっきりしたわね。十年前の事件の真相を調べている私たちが狙われたってことは、そうされては困るということ。つまり、あの事件にはやっぱり、何か隠された裏があるっていう証拠よね? それに、もしかしたら、私たちの調査がかなり真実に近づきつつあって、それで焦ってこんな行動に出たのかも」
「あぁ、だが、あまり結論を急ぐなよ。それに、仮にそうだとしても、俺たちが襲われたなんて、物質的な証拠にはならないからな」
「それはわかるけど……でも、そもそもあの事件の物質的な証拠って、何か残っているものかしら」
「まぁ、当面一番頼れるのは当時の人間の証言だろうな。一番いいのは黒幕が自首してくれることだが、そうはいかないだろうし……」
「そうね……」
そんな良心の持ち主なら、そもそもこんな事件にはならなかっただろう。
「あっ、ちょっと待って。ということは、もしかして私が追放されたクラーク=フレノールの娘だってことも、知られてしまったのかしら?」
今さらながらにライアは慌てたが、クローブは冷静だった。
「いや、少なくとも今の段階じゃ、そこまではわかってないんじゃないか? もし知ってたら、こんな闇討ちより、国外追放者として正規に捕えに来た方が、確実で早い。俺たちの考えが正しければ、相手はそれだけの権限を持っているだろうからな。しかしさっきの奴らの行動は、明らかに、表ざたになるのを避けてたみたいだった」
「確かに、言われてみればそうかも」
男たちが、ライアたちが大通りに出るのを阻もうとしていたこと、逃走劇が深夜に行われたこと、火を多く焚こうとしなかったことなどを考えれば、そういうことになるだろう。
「俺たちを連れて行こうとしたのも、その目的を聞き出そうとしたのかもしれない」
「そうね、よかった……」
ライアは少し安心したが、クローブは固い表情を崩さない。
「だが、このままじゃこっちの正体が知れるのも、時間の問題だな。これは、あまり悠長なことをしてると、俺たちが別の犠牲者になりかねないぞ。もちろん、ランディもだ」
ライアははっとして顔を上げた。敵側がこちらの動きを警戒するようになれば、ランディに降りかかる危険性までも、急に高くなる。
「さっき言ってたように、ゆっくり残りを調べている暇は、どうやらなさそうだな」
考え込むクローブに、ライアは、意を決して声をかけた。
「クローブ」
真剣な声に、クローブが顔を上げる。
「私に考えがあるの。ちょっと危険だし、上手くいくかどうかわからないけど、早く兄さんを捕まえる方法が」