三剣の邂逅
第六章 闇の襲撃
1
「ねえ、クローブ。一体どこまで行くの?」
「もう少しだ」
食事処から宿屋への帰り道。来た時と同じ道から帰るのかと思いきや、クローブが突如、道を変えた。
はじめは、さほど気にせずにその後に続いたライアだったが、暗くさびれた裏道を行くうちに、徐々に疑問を感じ始めた。
ヴィアレトの夜は長い。食事処や酒場を中心として賑わい、比較的遅くまで明々としている。けれど、大通りから一歩道を入り込めば、裏通りや路地は、極端に明かりが少なかった。治安は安定しているものの、場所によっては、ほぼ真っ暗といえるような状態だ。
だが幸いなことに、先程までいた店は、大通りからさほど離れてはいなかった。
普通なら、その大通りへと出た方が人通りも多いし、宿屋への道も近い。
それなのに、今自分たちが狭く暗い路地裏を選ぶようにして進んでいるように思えるのは、気のせいだろうか。旅慣れているクローブは、ほとんど光の届かない闇の中でも、その足取りに迷いが出ることはないが、そんな彼の背を追うライアはそうはいかない。
とにかく必死で着いていっていると、いつにもまして足早に歩いていたクローブが、ようやく歩を緩めた。
「あそこだ。あそこの角を右に曲がれば大きな通りに出られる」
クローブが指差す先にうっすらとした明かりを認め、暗闇続きで目がおかしくなりそうだったライアは、安堵の息を吐いた。
だが、一度は角を曲がりかけたクローブの足が止まり、通りに面した道に向けているその表情が即座に険しくなったのを見て、ライアも、同じ方向を覗いた。
数メートル先にある、大通りへの出口。そこに、二、三人の人影が見えた。
通りの街灯の近くなのか、妙にはっきりと見えるその人物たちは、皆、漆黒のローブを纏っている。顔は定かではないが、広い肩幅から判断して、性別はおそらく男だろう。
「あの人たち、さっきも見かけた人たちよね」
ライアは小声で、しかしある程度の確信を持って尋ねた。
確か、食事処から出たすぐ後、大通りへと続く道で見かけたのだと思い出す。
出で立ちがかなり特殊だったので、記憶にはっきりと残っているのだ。
同じような装いの人たちが、そううろうろしているとも思えない。
だが、クローブは予想に反して首を振った。
「いや、そんなはずはない」
「どうして? だって、あんな格好……」
「位置からしてありえないんだ」
そう言うと、彼らの視界から隠れる位置まで道を戻るクローブの後に、ライアも続いた。
「お前はよくわからないかもしれないが、俺たちは、路地の中を通ってここまで来たから、要は直線に近い最短経路を辿っている。しかも結構早足でだ。あいつらが後ろから追ってきた形跡はなかったから、普通の通りを使ってここまで来たってことになるだろ」
ライアが頭の中で、ない地図を絞りながら状況を思い浮かべている間にも、クローブは話し続ける。
「となるとだ、仮にさっきの奴らがすぐにここへ向かったとしても、通りづたいに行けば遠回りになるから、それなりに時間がかかるはずだ。待ち伏せなんかできるはずがない」
「待ち伏せって……じゃあ、クローブはあの人たちがいたから道を変えたの?」
「ああ。なんか嫌な感じがしたんだ。今の状況を考えたら、少しでも不安があるようなことは避けといた方がいいだろ。半分くらいは用心で動いたんだが……どうやら当たりだったみたいだな」
ライアは、急に背筋が寒くなった。
変な輩に付狙われる理由はわからない。だが、今の自分たちの状況からして、思い当たる節がないわけではないところがまた怖い。
確かに、この先にいる男たちは、今来たばかりという感じではなかった。息も乱れていなかったし、走ってきたとも思えない。まるで、瞬間移動でもしたような早業だ。もしも同一人物だったとしたら、一体どんな芸当を使ったと言うのだろうか。それに……。
「ねぇ、あの人たちがさっきの人たちと同一人物じゃないとしたら、何故、私たちがこの通りに出てくるとわかったのかしら。ここへ来る間、他にも何本か道があったから、別の通りへも繋がっているんでしょう?」
「その通りだ。道は他にもある」
クローブが考え込んだ。
「考えられるのは、あいつらが複数犯の場合だ。どっから出てきてもいいように、あちこちに数人ずついるのかもしれん」
ライアは思わず後ろを振り返った。何も見えない闇が、今は何よりも怖い。
「どうしたらいいの?」
「わからん。だがまずいことになったのは確かだ。とりあえず、少し戻って別の道に出てみよう。今度は大通りじゃなく、わき道に出るようにしてみる」
二人は、また慎重に歩き出した。
ライアはクローブの腕を掴んで離そうとせず、見えない恐怖に背中を押されるようにして、ただひたすら歩いた。
次の道に出た。が、ここにもまた、先程と寸分違わぬ格好をした男たちはいた。
いよいよ二人は深刻に顔を見合わせた。
「どうもこの調子じゃ、どこへ行ってもいそうだな」
クローブは悲観的な言葉をさらりと口にするが、ライアは青くなった。
「なんとかならないの?」
「状況次第だな。俺たちだけが目的か、たまたま網にかかった獲物狙いか、それとも単に取り越し苦労か」
聞きながら、ライアは三番目は最も好ましいが、絶対ありえないだろうと思った。
男たちの異様な雰囲気とクローブの真剣な表情、そして、今ではライアにも感じられる危険の気配が、気休めの選択肢にすがることを許してはくれない。残りの二つは、どちらにしても危険なことに変わりはない。
二人はしばらく路地の中で隠れるように腰を落として様子を見たが、男たちは一向に立ち去る気配がなかった。
かすかに聞こえていた町の賑わいも、いつしか聞こえなくなった。時間感覚が狂ってしまったが、夜が更けてきたのだろう。こんなに長い間動かないところを見ても、彼らの狙いが自分たちであることは、間違いなさそうだった。
「仕方ない」
何事か考えるように押し黙っていたクローブが、急に立ち上がった。
「強行突破するか」
そう言って、剣の柄に手をかける。
「俺たちの立場や、今後の動きなんかも考えると、あまり目立つようなことはしたくないが、このままずっとこうしてるわけにもいかないからな。業を煮やした相手が、路地に入ってきたら、それこそ袋のねずみだ。もう夜も完全に更けたし、成る丈戦わず逃げることに専念すれば、たいした騒ぎにはならないだろう」
ライアは、そう上手くいくものかと不安に思ったが、ここはそれしかなさそうなので、仕方なく、剣に手をかけて前傾姿勢のクローブの後ろに、ぴったりとくっついた。
「いいか、俺が突破口を開くから、遅れずついてくるんだ」
「わかったわ」
高鳴る心臓と震える体に負けまいとして、ライアは大きく息を吸った。
「行くぞ!」
クローブが一気に走り出した。
「うおぉぉぉー!」
突如路地に響きわたった声に、男たちが驚いて振り返る。
クローブは路地を抜けるや否や素早く剣を抜くと、二、三振りで男たちを遠ざけた。
ライアも遅れまいと、勢いよく路地から飛び出す。