小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

三剣の邂逅

INDEX|3ページ/51ページ|

次のページ前のページ
 

第一章 追跡の旅路

       

   1

「うーん、兄さん?」
 懐かしい声に呼ばれたような気がして、ゆっくりと目を開けた少女の耳に届いたのは、期待した兄のものではなく、パチパチとした乾いた音だけだった。
 そして目の前には、満天の星空が広がっている。
 突如現れた大好きな輝きを前にして、無意識のうちに少女の瞳が細められた。
 無限とも思われる空間に、無数に散りばめられた宝石が、それぞれに個性的な光を放って輝いている。その無限の可能性のようなものに、少女は子供の頃から強く惹かれていた。
 それに加え、星空は、少女と少女の父親とを繋ぐ、数少ない思い出の一つでもあった。
 幼い自分を膝に乗せ、星空を見上げて、優しく何かを語りかけてくる。朧げなその記憶は、少女にとっての父そのものとも言える。
 いまだはっきりとしない意識の中で見る星空は、いつも以上に遠い記憶を呼び起こし、夢と現実の境界を朧げにした。
 目を覚ましたにも関わらず、少女は虚空を見つめたまま、微動だにしなかった。
「おかしな奴だな」
 自分と父との世界に突如割って入った声に驚き、我に返った少女は、身を起こそうとして苦痛に顔を歪めた。
「いたっ」
 腹部に鈍い痛みを感じ、起こしかけた体のバランスを失う。かろうじて肘をつき体を支えると、顔を上げ、初めて、今自分の置かれている世界に目を向けた。
「?」
 周りを無数の大木が取り囲み、森の一部をぽっかり切り取ったような空間。ほぼ円形に模られた地面の中央に、焚き火が時折、パチパチと音を立てながら、赤々と燃えている。
 少女は、その炎から程よい位置に敷かれた布のようなものの上に寝ていたようだ。
 錯綜している記憶を必死でたどる。何故自分がこんな所にいるのか。ここが一体どこなのか。おまけに、なんでお腹が痛いのか……。
 全くわからない。
「ここ、どこ?」
 乾いた呟きに、答える声があった。
「ふつう、その台詞は、もう5分は早く出るものじゃないのか?」
 先程聞こえた声が、呆れたように問いかけた。
「誰?」
 身構えた少女が、声のした方に体を向けると、ゆらめく炎の奥に、人影が見えた。   
 焚き火を挟んだ反対側にある、横倒しになった丸太に、長身の男が腰掛けていて、こちらを不思議そうに眺めている。
「あなた誰? いつからそこにいたの?」
 警戒の意も込め、語気を強める少女を見やって、男は呆れたように肩をすくめた。
「おいおい。目が覚めたのかと思えば、何かに憑かれたように宙を見つめて動かないし、起きたら起きたで、さっきからずっとここにいる俺に見向きもしない。見かねてこっちから声をかけりゃ、いつからいたのとくるか」
「えっ、ずっと?」
「ああ、ずっとだ」
 半ばため息混じりに話す男を見て、少女はしまった、と思った。
 何かに夢中になったり、自分の世界に入っている時など、周りへの注意が散漫になるのは彼女の悪い癖だった。それなりに自覚もしているのだが、これが案外直すのが難しい。
「ご、ごめんなさい」
 思わず口をついた素直な謝罪に、男は少し驚いたように片眉を上げ、そしてそのまま両の口の端も上げた。その屈託のない笑顔の男を、少女は、改めて、まじまじと眺めた。
 年齢は二十代前後だろうか。不揃いなグレーの髪に、ブルーグレーの瞳。長身で、体格もがっちりしている。腰に下げている大きな剣と、旅の年季を感じさせる大きく古びた荷物から判断して、旅の自由戦士といったところだろうか。
 旅という語を頭に浮かべて、少女は聞くべきことを思い出した。
「あの、ところでここは一体……」
「覚えてないのか?」
 男が眉をひそめる。
「?」
 そんな男を不思議そうに見つめ返した少女の目が、男の足元に転がっている、赤茶けた巾着にとまった。
「それ……」
 少女の視線の先を追って、男がおもむろに巾着を掴んだ。
「ああ、これか。これはお前を襲った奴らからいただいてきたんだ」
「襲った? ……あっ」
 思い出した。
 少女は、旅の途中だった。自分の村を一人で出たのはこれが初めてだったが、隣村、またその隣と、難なく二つの村を越えることができた。それで少し安心してしまったのがよくなかったのかもしれない。
 二つ目の村、クールから次の目的地、レノンまでは、一本の街道で繋がっているという。
「村」から「町」への変わり目ということもあって、道も今までと違いきちんと舗装された広々としたもので、足場もいいし、人通りも多い。
 これまでの行程から考えて、これなら多少頑張れば、その日の内に無事着くことができるだろうと少女は考えた。そして、ろくに確かめもせず、昼食をとった後に出立したのだ。
 実は、クールからレノンまでは、約半日で辿り着けたこれまでの村と違い、大の男が、日が昇るころ出発して、日暮れギリギリに着くほどの距離だということも知らずに。
 その上、道が途中でヘキルという森の中を縫うように通っているため、身の安全を考えて、夜越えは誰もしない。
 そのことを知らない少女が、そろそろ町が見えるはずだと思った頃には、道は確実に森の中へと入り込み、おかしいと感じた時には、数人の男たちが、少女の周りを囲んでいた。
 身の危険を感じ、走り出そうとした体をいとも簡単に抑えられ、逃げようと必死にもがく鳩尾に容赦のない一発を受けて…………そこから先の記憶は、いっさいなかった。
 今目の前で男が持ち上げている巾着は、意識を失う時残像として焼きついた、不気味な笑みを浮かべた男の腰についていたものだ。
 今になって、体が震え出した。いや、あの時は震える暇さえなかったのだ。
 もともと色白な顔をいっそう蒼白にし、両腕で自分を抱くようにして体の震えを抑えようとしている少女の目の前に、小さな杯が差し出された。濃い液体から、湯気が出ている。
 おずおずと受け取り、両手でそっと握ると、少し落ち着いた。
「温かい……」
「薬湯だ。美味くはないが、心が籠ってる」
 そう言って片目をつぶる男を見て、少女はようやく、少しだけ表情を和らげた。
「あ、あなたが助けてくれたんですか?」
「ああ。お前、ラッキーだったぜ。たまたま俺が昼寝をしてた木の下で襲われたんだ」
「昼寝?」
「そう、昼寝だ」
「で、でも、あの時はもう日が暮れて真っ暗だったのに」
「単に寝すぎただけだ」
 どうやらこの男は、昼過ぎからずっと寝ていたらしい。しかも木の上でだと言うのだから、器用なのか、ただ野生的なのかわからない。
 こんな大男が体を縮めて木の上で寝ている姿を思い浮かべ、思わず顔を綻ばせた。
「助けてくれてありがとうございました。あのままだったら、私、どうなっていたか」
「いや……」
 少し赤みの戻った顔の少女を、どこか安心したような目で見つめていた男が、ふと、思いついたように尋ねた。
「ところでお前、何か急ぎの用があったんじゃないのか。お前みたいな若い女が独りで夜越えをするんだから、相当な事情があるんだろうな」
「えっ? ええ……」
 目的に思いを馳せたのか、少女の表情がわずかに曇る。
「人を、探しているんです」
「人? 恋人か何かか」
「違います!」
 少女は、思わず赤くなって叫んだ。
「兄なんです」
「兄貴?」
作品名:三剣の邂逅 作家名:夢桜