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三剣の邂逅

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プロローグ


 
『ただいま』
『おかえりなさい』
 食卓脇で振り向いた母親は、帰ってきた少女の表情を見て、わずかに首をかしげた。
『どうかした?』
『えっ?』
『いつもより帰りが遅かったし、なにか言いたそうな顔をしてる』
『やっぱりわかる?』
 一つため息をついてから、少女が口を開いた。
『マルディスさんの一家、村を出て行くことに決めたって。メリーニちゃんに、町の教育を受けさせたいって言ってたわ』
『マルディスさんが? それじゃあ、あなたが裁縫を教えに行くのも……』
『今日が最後だった』
 突然の移転に納得のいかないというメリーニに泣きつかれ、宥めるのが大変だったと笑う少女の表情には、落胆の色が隠しきれない。
 何故か子供に好かれる体質で、多くの子供たちに得意の裁縫を教えている。中でも、妹のようにかわいがっていた彼女との別れはやはり辛いものだと、少女は正直に口にした。
 だが、メリーニは裁縫の飲み込みも早かったし、学問の方も、きっと将来有望なのだろうと教え子を評価することも、忘れなかった。
『町へ行けば、大好きな勉強がたくさんできるわね。冬に雪で外界との道を閉ざされても、十分自活できるだけの物資もあるし』
『…………この村を出たい?』
 静かに問いかける母に、少女はゆっくりと首を振った。
『私はこの村が好きよ。今の生活に満足してる』
 決して住みやすいだけの場所とは言えないけれど、母と兄に、この村を出る気がまったくないことを、少女は知っていた。
 家族と離れて暮らす気もないのだから、これ以上の変化も望まない。
『それに、父さんだってここにいるのよ。今日もね、お墓に寄ったから遅くなっちゃったの。今までのお礼って、マルディスさんから綺麗な卵をもらったから、おすそわけに、ね』
 その残りの卵を食卓の上に並べようとして、ふと、少女の手が止まった。
『あら、誰か来ていたの?』
 ほとんど手をつけていないお茶が二つ置いてある。
 いつもお客様が来た時にだけ登場する、比較的高価な湯飲みだ。
『ええ、ちょっと知り合いがね』
『ふーん。あっ!』
 少女は、唐突にとあることを思い出して手を打った。
『じゃあ、母さまも見過ごしちゃった?』
『見過ごすって、何を?』
『今日この村に、隣の国の大使が来てたらしいのよ。まぁ、たまたまこの村を通過しただけで、村長さんのお宅で少し休憩して、すぐ出立したらしいけど』 
『まあ、そうなの?』
『私も見れなかったけど、メリーニが、遠めだけど素敵な馬車を見たって教えてくれたの。兄さんは見れたかしら?』
 ちょうどその時、見やった先の扉が開かれ、兄が帰ってきた。
『おかえり、兄さん』
『…………ああ』
 不自然な間のあとの、呟かれたような返事。背負っていた野菜かごを定位置に置く兄は、どこかボーっとしている。見ると、籠には、頭が出るほどの野菜が残っていた。兄が商品をさばき切れなかったとは珍しい。
『野菜、売れなかったの?』
 やや遠慮がちに尋ねた少女を、兄はつと見やる。そして微笑んだ。
『毎日同じようにはいかないさ』
 ぽんぽんと頭をなで、そのまま部屋へと引っ込む。
 少女は、まだ少し何かが引っかかったけれど、翌日には兄はいつも通りに戻っていたので、その日のことはすっかり忘れてしまった。

 何故、気付くことができなかったのだろう。
 そう、すべてはこの日に始まっていたのだ。
  
作品名:三剣の邂逅 作家名:夢桜