三剣の邂逅
兵士の表情は、思いの外優しげだった。
「何か御用でも?」
そう言ってにっこりと微笑む兵士は、かなり若そうだ。よくはわからないが、おそらく二十代半ばぐらいだろう。肩幅はあまり広くないが、長身ですらっとしている。若草色の髪に合わせたような翡翠色の瞳が印象的だ。
顔立ちは、一見見ると気の強そうな鋭さがあるが、笑みと穏やかで丁寧な声が、そんな彼の近寄り難い雰囲気をカバーしていた。
ライアは、少し安心して緊張を緩めた。
「あの、こちらに大使が見えてるって聞いたのですけど」
「大使に御用ですか?」
「いえ、あの、用という程では……。ただ、一度お顔を拝見したいなと思って」
「ああ、すみません。ここに大使はおいでになっていません。来てるのは使いの者だけですよ」
「そうなんですか。残念です。あの、あなたはお使いの護衛の方ですか?」
ライアは少し伏せ目がちに尋ねた。
「今日はそうです。普段は、大使の護衛をしていますが」
腰の剣に軽く触れて見せる兵士の言葉に、ライアの胸が早鐘を打った。
「あ、あの、じゃあ、あなたは大使のお顔を拝見したことがあるのでしょうか?」
兵士は微笑んだ。
「それは、もちろん」
「大使はどんなお方ですか?」
ライアは努めてさりげなく切り出した。
「いい方だと思いますよ。まじめで、仕事熱心です」
「かなり能力がおありだとか」
「それはもう。国王様も重宝しておられる位ですからね」
「国王様も?」
ライアはわざと大げさに驚いて見せた。
「そんな方ならやっぱりぜひ一度お会いしたいわ。どうすれば会うことができるかしら?」
「それはちょっと難しいと思いますよ」
兵士が間を空けずに答えた。
「なんせ忙しい方ですから。しっかりとした用向きがあっても、直接の対面は難しいんです。現に今日のお見舞いも、本当はご本人が来る予定だったのですが、仕事が入り、急遽代わりの使者を立てられたのです」
「そうなんですか……」
ひょっとすると、この兵士の計らいでカーターに会わせてもらえるかもしれない。そんな淡い期待を抱いていたライアは、仕方なく話題を変えた。
「この家の方は、大使とはどういうご関係なのでしょうか?」
「ここは、国でも名うての武器商人の家で、大使とは、なんでも昔の知人だそうですよ」
「えっ? 武器商人って、もしかしてサム=オズレイ氏のお屋敷ですか?」
ライアは驚いて建物に目を向けた。
「そうです。ご存知でしたか」
「ええ、町の噂でちょっと」
ライアは怪しまれないように曖昧に答えた。
「噂って言うと、幽霊のですか? あれは有名ですよね」
そう言って、兵士はさも人事のように笑った。
「大使の昔の知人というと、同期の方とかですか?」
「さあ。私はお仕えして四、五年なので、昔のことはよくわかりません」
「そうですか……」
ライアは、この兵士が思ったよりカーターについて何も知らないようなのでがっかりした。ライアの落胆振りを見た兵士が、少し困ったように頭を下げた。
「すみません、お役に立てなくて」
ライアは慌てて首を振った。
「いえ。私の方こそすみません、いろいろとお聞きして。お役目の最中に、ご迷惑だったでしょう?」
「そんなことありませんよ。どうせ今はただ待ってるだけで暇ですから」
「よかった」
ライアの笑顔を見て、兵士は顔を赤らめた。
その時、入口の扉が開いて、中から正装をした男が、大股で出てきた。おそらく例の「大使の使者」だろう。年齢は三十代位だろうか。なるほど、カーターにしては若すぎる。
兵士は弾かれたように敬礼すると、恭しく馬車の扉を開けた。
男は横目でライアをちらっと見やると、無言で馬車に乗り込んだ。それを待っていたかのような軽い馬のいななきと共に、馬車はすぐ動き出した。
兵士は、ライアの方を振り返り軽く一礼すると、馬車に付き従い、あっという間に遠ざかって行ってしまった。
馬車の立てた砂埃と共に一人取り残されたライアは、はじめて、陽がかなり傾いていることに気がついた。そろそろクローブとの待ち合わせの時間だ。
カーターにこそ会えなかったが、兄の謎の行動を解く鍵と、カーターとサムがいまだ繋がりがあることがわかった。
ライアは、逸る心を抑えて、足早に来た道を引き返しはじめた。