三剣の邂逅
第五章 蘇った記憶
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一見、名案に思えたクローブの提案は、しかしあまりよい成果をもたらさなかった。
ジュスイは、例のリストの十人を、当時こそ見知ってはいたが、その後どうなったかとなると、あの町外れの家にこもりがちになっていた彼には、わからないらしい。
十人のうち、既に被害にあったバーガス、アンリ、サムの他に、ジュスイが現状を知っていたのは二人だけだった。
しかも、そのうちの一人は十年位前に既に亡くなっているそうなので、実質的な収穫は、わずか一人ということになる。
亡くなっていたのはホワイト=ポーラー。
死亡時期が事件に近かったため、ライアとクローブは、事件との関わりで殺されたのかと疑ったが、ジュスイによると、自殺なのだそうだ。ただ、詳しい理由までは彼も知らないらしい。
亡くなっている人を捜査の手がかりとすることもできないので、もう一人の人物に、二人は期待をかけることにした。
クイン=ベースト。
彼は、城の裏手にある鉱山の採掘責任者で、これまた国庫を牛耳り、国に対して大きな発言権を持つ有力人物なのだそうだ。
しかし、実際クインを調べてみて得られたものはほとんどなく、強いて言えば、黒幕王弟説がさらに強まったことぐらいだった。
今までわかった人物の現状を考えると、皆それなりの出世を果たしていることになる。
これは、悪事に加担した報酬だとも考えられるわけで、そうなると、王殺しの犯人は、ことが成就した暁には、それなりの地位や物を与えられる立場にいたと考えられるからだ。
だが、現状としては、今後予測される事件を未然に防ぐ助けにはあまりならない。
唯一わかったクインの屋敷を張ったとしても、ランディに、不明の残り五人の方を先に接触されたら止めようがない。
とにかく、残りの五人の手がかりと、ついでに怪しい王弟とカーターの評判を、なるべく短時間で、しかも多くの情報を集めようと、ライアとクローブは夕刻、宿屋近くの食事処で落ち合う手はずで、二手に分かれた。
ライアは、主に宿屋の近くを中心に聞き込みをしたが、なかなか望むような情報は得られなかった。事件そのものに関る危険性に加え、ライア自身が国外追放の身であることも手伝って、あまり堂々と調査できないことも大きかった。
一日中歩き通しで足は痛く、押し寄せる疲れが、頭の働きを鈍くしているような気がする。一度宿屋に戻り、すこし休んで情報を整理しようかと考えていると、ふと、今いる通りの向かいの様子がおかしいことに気がついた。何やら騒がしいのだ。
不思議に思って近づいてみると、通りのあちこちに二、三人の人の集まりができて、何かをしきりに話している。そして、示し合わせたように、皆同じ方向に走っていくのだ。
「何かしら?」
ライアは興味を引かれて、通りに可動式の店を構えている花屋の青年に声をかけた。
「あの、何かあったんですか?」
ライアの指している指の先に、一様に駆けていく人の群れを見つけ、青年は「ああ」と人懐っこい笑みを浮かべた。
「なんでも大使が、知人の病気見舞いで、この近くの家に来ているらしいよ」
「えっ! 大使が? 大使って、もしかしてカーター……さんのことですか?」
「そんな名前だっけ? 僕はよくわからないけど、そうなんじゃない? 大使なんてそういないだろうし」
ライアは、青年に軽くお辞儀をすると、慌てて先ほど人々が走っていった方へと駆け出した。走りながら、大使が来ているという家の名を聞くことを忘れたことに気付いたが、これといった案内がなくとも、不自然な人の流れが、目的地を明確にしている。
だんだんと増えてくる人を掻き分けるようにして先へ急いだが、しばらくすると、自分が縫うようによけている人の群れが、皆自分と向かい合っていることに気付いた。同じ所を目指していたはずのライア一人の進行方向が、周りの流れに明らかに逆らっているのだ。
(どうしたのかしら)
不安になった矢先、急に視界が開けた。ほんのわずかな人の群れが半円を描いていて、その正面に、立派な石造りの大きな建物が建っている。
一軒家ではなく、三階建ての建物で、一階が何かの事務所、二、三階が自宅になっている、この町にはよく見られるタイプのものだ。
ライアは、さらにその建物の方へと近づいてみたが、その間にも、建物の前にいた人々が皆引き返してくる。
嫌な予感を覚え、近くを通った年配の女性に声をかけた。
「あの、大使がいらしてるんじゃないんですか?」
「ああ、あんたもかい? あたしも大使が見れるっていうから来たんだけどさ、聞いてみたら、来てるのは大使の使いだけだっていうじゃないか。全く、人騒がせだよ。アハハ」
女性は、まるで茶のみ友達と世間話でもするような口ぶりで気軽に答えると、さっさと行ってしまった。
ライアは、その場に放心したように立ち尽くした。
急に閑散とした家の前には、ライアの他、数人の通行人の姿しかない。ついさっきすれ違った人ごみを考えると、主要人物の集まる首都でさえ、大使を直に見る機会は少ないらしい。少し前まではきっと騒然としていたであろう建物の前は、いたって静かだった。
ライアはひどく落胆し、諦め切れず、無駄だとわかりつつ、建物の側まで歩いていった。
建物の入口前には、二頭立ての立派な馬車が止まっていた。軽く覗いてみたが、中は空っぽだったので、乗っていた人はもう建物の中に入ってしまっているのだろう。
何気なく馬車に近づいてみたライアは、急に、心の奥に何か引っかかる変な感覚を覚えた。不安に思いながらも、そのまま素直にその感覚に身を委ねていると、頭の中で、記憶の映写機がフル回転し始める。
(私、何か、大切なことを忘れてる……)
頭の中の映像は、兄、馬車、カーターと、ものすごい勢いで駆け抜けていく。
それに伴い、ライアの全身に冷汗が流れた。
「あっ!」
思わず声を上げた。震える両手を、胸の前でしっかりと握り締める。
(思い出したわ!)
ライアは心の中で叫んだ。何故、馬車を見て変な気分になったのか。それがわかった時、何故ランディが急に変わってしまったかの謎も解けた。
(そう、そうだったんだわ。私ったら、こんな大事なことを今まで忘れていたなんて)
とにかく、今思い出したことを一刻も早くクローブに知らせなくては。
ライアはきびすを返そうとした。
「あの」
突然呼び止められて、ライアはギクリと足を止めた。今まで気付かなかったが、入口前に横付けされた馬車の建物側に、一人の兵士が立っていたのだ。その兵士が、気遣わしげにライアを見つめていた。
「あの、お顔の色が優れませんが、大丈夫ですか?」
「えっ、ええ」
とっさに返事をしたものの、ライアの顔は強張っていた。
自分の敵側と見ているカーターの、おそらく縁の兵士。どうしても警戒してしまう。
自分が国外追放者だということがばれてもまずい。だが、逃げ腰の思考の一方で、これはチャンスだと囁く声もある。カーターにここまで身近な者と話をするのは、これが初めてだ。何か新しい情報が聞けるかもしれない。
多少の危険はやむを得ないと、ライアは思い切って兵士の方へ近づいた。
「あの」
「どうかしましたか?」