三剣の邂逅
3
ジュスイから渡された十年前の事件の正規記録書。
これは、やはり民の目に晒される文書館のものとは違い、かなり踏み込んだところまでしっかりと記されていた。
そしてその記録により、事件の細部が、徐々に明らかになってきた。
例えば、文書館のものでは、潜んでいた男たちが王を、駆けつけた王弟の兵士たちがその男たちを、そして、クラークとイアンを王弟とカーターが殺したことまでの記載はあったが、正規の記録の方には、さらにその死因が加えられていた。王の死因は、胸にささった矢傷によるもの、その他は全員、剣によるものということがわかった。
潜んでいた刺客は全部で八人。皆、事件現場でその死が確認されている。
また、クラークとイアンの死因については、よほど抵抗したのか、体中に無数の傷跡があるため、どれが致命傷かの特定には至らなかったという、やや奇妙な記述まであった。
さらに事後処理として、国外追放処分を受けたクラークとイアンの家族構成の記述もある。クラーク=フレノールには、妻フレシアの他に、当時十四歳の息子と六歳の娘が。イアン=コルバートの方には、妻アンの他、当時十四歳と十二歳の二人の息子がいた。
どちらも、子供の名前までは載っていなかったが、クラークの子供がランディとライアであることは明らかだ。
また、事件そのものからは少し外れた、興味深い情報もあった。
それは、亡くなった王と、犯人だったクラークたちと関係の深い、例の短剣についての記述だ。どうやら、犯人二人の動機の参考とするべくまとめられたものらしいが、剣を作るにあたっての王の意向をはじめ、携わった職人の名から材質、デザインまで、かなり細かく記してあった。
中でも目に付いたのが、剣にはめ込まれている宝石の記述部分だった。
ライアは手元にある一本しか見たことがないためわからなかったが、この三本の剣はすべて、はめ込まれている石の色が違うらしい。
この石は、与えられた三人のそれぞれの美徳に合わせたものを、王が直々に指定して、それを使用したそうだ。
ちなみに、ライアの父、クラーク=フレノールの短剣には、海のような青の宝石がはめ込まれていて、意味は「至誠」。
イアン=コルバートには、太陽の光を集めたような鮮やかな黄色の石で、意味は「克己」。
そして、カーター=モンカルニの剣には、「思惟」の意の、黄昏時の色を映したような淡い紫色の石がはめ込まれている。
ジュスイの屋敷を訪れた時、庭先で短剣を目にした彼が、すぐにライアを認識したのも、おそらくこのことを知っていたからなのだろう。
他にも、刺客の身元調査や、クラーク、イアン自身への国犯としての処置など、かなりの情報が載っていたが、この事件の犯人を割り出す大きな手がかりとなったのは、あの殺された前王、クリフ=ウォーロフに、「お忍び」癖があったという事実だった。
事件当日、クリフ王が「一国の王」という身分でありながら、極少数の供のみを連れて狩に出たのも、この一環だったためのようだ。
この王にとっては決して珍しいものではなく、狩のコースも初めてではなかったらしい。
ただ、クリフ王の「忍び」は、王身近に仕える上層部の、ほんのわずかな人の間で、それはそれは厳重に隠されていたようだ。
もっとはっきり言えば、知っていたのは事件現場にいた王本人を除く七人に加え、王の片腕と言われている行政執行官長のネスト、王の乳母であり、女官の筆頭でもあるニーナの、たった九人だったというから驚きだ。
王不在時は、これらの人々が、必死の隠蔽工作を行っていたらしい。
また、実際の忍び時も、傍目王とわからないように、服装や馬を巧みに変え、時には旅人に、時には商家の若主に扮していたというのだから、これらのことを踏まえると、外部犯の可能性は極めて低くなるだろう。
王の身近にいる権力者たちが、それこそ命がけで隠していた王のお忍びは、例え城関係者であろうとも、簡単に知ることができたとは到底思えない。他国の刺客ならなおさらだ。
ほとんど王の顔を拝見する機会のない民が、全くの別人に扮している王をそれと見破ることも難しいだろう。
そうなると、やはり王暗殺の犯人は、王のお忍びを知っていた九人に絞られてくる。
さらに、犯人が事前に森の中に刺客を潜ませていたことを考えると、王について城を出ることがなく、狩のルートを知らなかったと思われるネストとニーナを除いた、現場にいた七人が非常に有力だ。そう、この時点ではあくまで、七人全員に可能性がある。クラークとイアンに限ったことではない。
ここで、クラークとイアンが犯人でなかった場合を仮定してみると、犯人はさらに五人に絞られるわけだが、ここまできて、二人はようやく、何故ジュスイがああも言い渋り、かつ恐れていたのかがわかった。
この五人は、王弟とその側近三名、そして問題のカーター。この時点で、最も疑わしいのは王弟だ。
何故なら、この中の最高権力者が王弟だからだ。もっと簡単に言えば、私情で側近やカーターに王弟を動かす力はないが、その逆は大いにありえるということだ。
考えてみると、世継のいなかったクリフ王亡き後王位を継いだのは、他でもない彼であり、「王位継承権」というこの上ない動機の持ち主なのだ。
彼の配下である側近はともかく、カーターが加担したとしたら、その動機は気になるところではあるが、ジュスイの言っていた、イアンやクラークたちとの間にあったかもしれない確執や、権力への屈服など、考えようとすればいくらでも考えられる気もする。
いずれにせよ、この事件において、王弟の存在を外して考えることはできないだろう。
だが、そうすると自分たちは、現国王を敵にまわすことになってしまうのだ。これは大変なことだ。
今の段階で、確証は、何一つない。闇雲に過去の事件を掘り返そうとすることが、どんなに危険なことかは、あまりにも明白だ。この事件が、謎を多く残しているにも関らず、踏み込んだ調査が行われなかったのは、王弟の証言を疑うことになるからだということが、ようやくわかった。
同時に、今後の捜査に濃い闇が立ち込めるのを、意識しないわけにはいかなかった。
身分的にも、こちらが手も足も出せる相手ではないのだ。真相解明どころか、近づくのも困難な状態だ。
片や国の大使。片や、押しも押されぬ国王だ。
しかも、記録を読み進めるうちに、二人は、さらに追い討ちをかけるような要素を見つけてしまった。記録書の中に、ランディの真意を匂わせる記録が紛れ込んでいたのだ。
それは、二人が書類の一つに、見慣れた名前があるのを発見したことで明らかになった。
「おっ、殺されたバーガスの名前があるぞ」
「えっ、どこに?」
クローブが手にしているのは、例の事件の時助けに入った、兵士の名前のリストだ。
「本当だわ」
連なる名の中に、確かに、バーガス=トラメットという名が記されている。
兄がいろいろと調べて歩いていた人物。あるいは、接触さえしていたかもしれないバーガスの名前が、十年前の事件の記録書にあった。これは一体何を意味しているのだろう。
「なんかだんだん読めてきたな」
クローブが紙面を睨みつけた。
ジュスイから渡された十年前の事件の正規記録書。
これは、やはり民の目に晒される文書館のものとは違い、かなり踏み込んだところまでしっかりと記されていた。
そしてその記録により、事件の細部が、徐々に明らかになってきた。
例えば、文書館のものでは、潜んでいた男たちが王を、駆けつけた王弟の兵士たちがその男たちを、そして、クラークとイアンを王弟とカーターが殺したことまでの記載はあったが、正規の記録の方には、さらにその死因が加えられていた。王の死因は、胸にささった矢傷によるもの、その他は全員、剣によるものということがわかった。
潜んでいた刺客は全部で八人。皆、事件現場でその死が確認されている。
また、クラークとイアンの死因については、よほど抵抗したのか、体中に無数の傷跡があるため、どれが致命傷かの特定には至らなかったという、やや奇妙な記述まであった。
さらに事後処理として、国外追放処分を受けたクラークとイアンの家族構成の記述もある。クラーク=フレノールには、妻フレシアの他に、当時十四歳の息子と六歳の娘が。イアン=コルバートの方には、妻アンの他、当時十四歳と十二歳の二人の息子がいた。
どちらも、子供の名前までは載っていなかったが、クラークの子供がランディとライアであることは明らかだ。
また、事件そのものからは少し外れた、興味深い情報もあった。
それは、亡くなった王と、犯人だったクラークたちと関係の深い、例の短剣についての記述だ。どうやら、犯人二人の動機の参考とするべくまとめられたものらしいが、剣を作るにあたっての王の意向をはじめ、携わった職人の名から材質、デザインまで、かなり細かく記してあった。
中でも目に付いたのが、剣にはめ込まれている宝石の記述部分だった。
ライアは手元にある一本しか見たことがないためわからなかったが、この三本の剣はすべて、はめ込まれている石の色が違うらしい。
この石は、与えられた三人のそれぞれの美徳に合わせたものを、王が直々に指定して、それを使用したそうだ。
ちなみに、ライアの父、クラーク=フレノールの短剣には、海のような青の宝石がはめ込まれていて、意味は「至誠」。
イアン=コルバートには、太陽の光を集めたような鮮やかな黄色の石で、意味は「克己」。
そして、カーター=モンカルニの剣には、「思惟」の意の、黄昏時の色を映したような淡い紫色の石がはめ込まれている。
ジュスイの屋敷を訪れた時、庭先で短剣を目にした彼が、すぐにライアを認識したのも、おそらくこのことを知っていたからなのだろう。
他にも、刺客の身元調査や、クラーク、イアン自身への国犯としての処置など、かなりの情報が載っていたが、この事件の犯人を割り出す大きな手がかりとなったのは、あの殺された前王、クリフ=ウォーロフに、「お忍び」癖があったという事実だった。
事件当日、クリフ王が「一国の王」という身分でありながら、極少数の供のみを連れて狩に出たのも、この一環だったためのようだ。
この王にとっては決して珍しいものではなく、狩のコースも初めてではなかったらしい。
ただ、クリフ王の「忍び」は、王身近に仕える上層部の、ほんのわずかな人の間で、それはそれは厳重に隠されていたようだ。
もっとはっきり言えば、知っていたのは事件現場にいた王本人を除く七人に加え、王の片腕と言われている行政執行官長のネスト、王の乳母であり、女官の筆頭でもあるニーナの、たった九人だったというから驚きだ。
王不在時は、これらの人々が、必死の隠蔽工作を行っていたらしい。
また、実際の忍び時も、傍目王とわからないように、服装や馬を巧みに変え、時には旅人に、時には商家の若主に扮していたというのだから、これらのことを踏まえると、外部犯の可能性は極めて低くなるだろう。
王の身近にいる権力者たちが、それこそ命がけで隠していた王のお忍びは、例え城関係者であろうとも、簡単に知ることができたとは到底思えない。他国の刺客ならなおさらだ。
ほとんど王の顔を拝見する機会のない民が、全くの別人に扮している王をそれと見破ることも難しいだろう。
そうなると、やはり王暗殺の犯人は、王のお忍びを知っていた九人に絞られてくる。
さらに、犯人が事前に森の中に刺客を潜ませていたことを考えると、王について城を出ることがなく、狩のルートを知らなかったと思われるネストとニーナを除いた、現場にいた七人が非常に有力だ。そう、この時点ではあくまで、七人全員に可能性がある。クラークとイアンに限ったことではない。
ここで、クラークとイアンが犯人でなかった場合を仮定してみると、犯人はさらに五人に絞られるわけだが、ここまできて、二人はようやく、何故ジュスイがああも言い渋り、かつ恐れていたのかがわかった。
この五人は、王弟とその側近三名、そして問題のカーター。この時点で、最も疑わしいのは王弟だ。
何故なら、この中の最高権力者が王弟だからだ。もっと簡単に言えば、私情で側近やカーターに王弟を動かす力はないが、その逆は大いにありえるということだ。
考えてみると、世継のいなかったクリフ王亡き後王位を継いだのは、他でもない彼であり、「王位継承権」というこの上ない動機の持ち主なのだ。
彼の配下である側近はともかく、カーターが加担したとしたら、その動機は気になるところではあるが、ジュスイの言っていた、イアンやクラークたちとの間にあったかもしれない確執や、権力への屈服など、考えようとすればいくらでも考えられる気もする。
いずれにせよ、この事件において、王弟の存在を外して考えることはできないだろう。
だが、そうすると自分たちは、現国王を敵にまわすことになってしまうのだ。これは大変なことだ。
今の段階で、確証は、何一つない。闇雲に過去の事件を掘り返そうとすることが、どんなに危険なことかは、あまりにも明白だ。この事件が、謎を多く残しているにも関らず、踏み込んだ調査が行われなかったのは、王弟の証言を疑うことになるからだということが、ようやくわかった。
同時に、今後の捜査に濃い闇が立ち込めるのを、意識しないわけにはいかなかった。
身分的にも、こちらが手も足も出せる相手ではないのだ。真相解明どころか、近づくのも困難な状態だ。
片や国の大使。片や、押しも押されぬ国王だ。
しかも、記録を読み進めるうちに、二人は、さらに追い討ちをかけるような要素を見つけてしまった。記録書の中に、ランディの真意を匂わせる記録が紛れ込んでいたのだ。
それは、二人が書類の一つに、見慣れた名前があるのを発見したことで明らかになった。
「おっ、殺されたバーガスの名前があるぞ」
「えっ、どこに?」
クローブが手にしているのは、例の事件の時助けに入った、兵士の名前のリストだ。
「本当だわ」
連なる名の中に、確かに、バーガス=トラメットという名が記されている。
兄がいろいろと調べて歩いていた人物。あるいは、接触さえしていたかもしれないバーガスの名前が、十年前の事件の記録書にあった。これは一体何を意味しているのだろう。
「なんかだんだん読めてきたな」
クローブが紙面を睨みつけた。