三剣の邂逅
「この十年前の事件にはライア、お前の父親が関っている。事件そのものは疑いの余地があり、ランディは、その十年前の事件に関係のあるバーガスを調べていた」
ライアはクローブをじっと見つめた。
「このことを考えると、ランディがしようとしているのは、この事件の再調査あたりじゃないか?」
「再調査?」
少し考えてから不安げに口を開く。
「兄さんが事件の再調査をしているかもしれないことは、可能性としてわかるわ。でも、そのバーガスは殺されてしまった。…………それは、何故?」
バーガスとランディの関係がはっきりしない以上、客観的に見れば、最悪、バーガス殺害の犯人がランディである可能性も払拭はできない。それはライアにも十分すぎるほどよくわかっている。考えたくはないが、もしランディがバーガスを殺したのだとしたら、それなりの理由が必要なはずだ。
「それは俺にも、まだはっきりとしたことは言えない。だが、考えられることとしては……バーガスが、俺たちが思っている以上に、事件に関っている可能性があるってことだな。それこそ、ランディに殺意を抱かせるような関わりが。だが、どうもまだ繋がりがはっきりしないな。ランディの真意も……」
言いながら、クローブはライアにも見えるように書類を机の上に広げた。
書かれている名は全部で十人。
アーサー=テラー
マカイオ=ダスト
バーガス=トラメット
ホワイト=ポーラー
アンリ=トロール
ロー=ドリアス
サム=オズレイ
ホーリー=ワッカーサー
クイン=ベースト
ナイト=グラット
「ん? ちょっと待て」
突然クローブが、紙面の一部を指差した。
「このアンリ=トロールって、例の幽霊騒動のじゃないか?」
「えっ?」
ライアも驚いてその名を眺める。それから、急に顔色を変えた。
「クローブ! このサム=オズレイって人。この人も幽霊騒動の犠牲者よ」
「何? あの武器商人か」
「ええ」
二人は顔を見合わせて固まった。湧き上がる不吉な予感に心が騒ぐ。
最近起きた幽霊騒動の犠牲者も、バーガスと同じ、十年前の事件の関係者だった。
これは、ただの偶然の一致なのだろうか。
しかも皆、形は様々だが、なんらかの危害を加えられている。
「これって一体どういうこと? あの幽霊騒動も、十年前の事件と、何か関係が?」
不安げに呟くライアに、クローブがいつになく険しい顔を向けた。
「だとしたら、まずいことになるかもしれん。これは……復讐の可能性が高そうだ」
「復讐?」
「ああ。ここ最近の事件の犠牲者は、今は皆役職も違うし、一見なんの繋がりもないようにみえる。だが実際は、こいつらはあの時の十人の一人だった。これは偶然なんかじゃないだろう。その関係で被害にあったと考えるのが妥当だ」
ライアは息を呑み、クローブは言いづらそうに言葉を進める。
「そして、次に考えられるのは、これらの犯人が、同一人物の可能性があるってことだ」
「それって……もしバーガスを殺したのが兄さんだったら、あの幽霊事件も、兄さんの仕業かもしれないってこと?」
「確証はない。あくまで可能性の話だ。だが、もし、もしもだ。俺たちが考えてたようにお前の父親が本当は無実だったとしたら? それをランディが知ったとしたら?」
「でも、それでどうして復讐の対象がこの人たちになるの? 普通に考えたら、王弟やカーターを狙うのが筋のように思えるわ」
確かに、復讐を遂げるにはどちらも難易度の高い相手だが、実際に父、クラークたちを手にかけた事実は否めないし、その場にいたからという理由だけで、その矛先がバーガスたちにまで向くだろうか。
「それに、あの幽霊は女の人という話でしょう? 兄さんじゃないわ」
「だが、女の協力者がいるという可能性もある。あるいは、あいつ自身が女性を装っている可能性も」
「なんのために? 正体を隠すためのカモフラージュ?」
「そうかもしれないが……もしかしたら、そこにランディの犯行の真の動機が隠されているのかもしれない」
クローブが意味ありげに言葉を切った。
「でももしそうなら、あの時駆けつけた十人は、偶然ではなかったということ?」
「ランディが復讐の対象にしてるとしたら、その可能性が高くなるな」
「だったら、黒幕は完全に王弟ということになるわ。あの十人は、そもそも王弟の配下だったんですもの」
ライアの声に、怯えとも怒りとも言える感情が混ざる。
「問題はそこだ。そうなると、王弟の兄殺しは、かなり計画的だったことになるわけだが、もし現王がランディの復讐の最終目的だとすると、えらいことだ」
「兄さんが今の王様を?」
「このままいけば、下手をすると……。だが、俺たちの推理が正しければ、それより先に残りの七人が犠牲になるはずだ」
「大変! 止めなくちゃ」
クローブも大きく頷く。
「……だが、どうもわからんな」
「わからないって、何が?」
何もかも、わからないことだらけだ。
「どうしてランディは今さら事件を蒸し返す気になったんだ? ランディはお前と違って、事件のことは始めから知ってた可能性が高いわけだろ。それなのに、この十年何もしないで、今さら動き出したのが腑に落ちん。何かそうさせるきっかけのようなものでもあったんだろうか」
「確かに」
ライアは、これまでの十年間を軽く思い起こした。兄にそんな素振りは全くなかったように思える。現に、自分が今まで、何も気付かなかったぐらいだ。表立った動きをしていたとは考えられない。
「ライア、お前、何か心当たりはないか?」
「これと言って思い出せることは……ないわ」
「考えておいてくれ。何かあるはずだ。平穏に暮らしていたランディを刺激する何かが」
クローブがきつく宙を睨んだ。
「それに、ランディがあの十人をどうやって割り出しているのかも謎だ。俺たちのように、記録書でも持っているのか」
ライアも首を傾げる。
「昔の人脈とかじゃない? 前はここにいたわけだし、小さかった私と違って、兄さんにはそれなりの友達とかいたと思うわ」
「それはそうだが、ランディもお前も、今はこの国を追放された身だ。そんなに表立って行動できるとは思えない。下手に会いに行って、もし密告でもされたら大変だからな」
「そうか。私たち、追放者なんだわ」
知らなかったとはいえ、堂々と聞き込みをしていたことを思い出して、ライアは背筋が寒くなった。
「まあ、とりあえずキーパーソンはこの十人なんだが……」
クローブはリストをしきりに眺めていたが、やがて小さくため息をついた。
「うーん、よそ者の俺たちには、誰が誰だかさっぱりだな。カナリにでも聞いてみるか」
翌日、リストをカナリにも見せたが、名前だけではよくわからないということだった。
「まぁそうだろうな。こんなに大きな町じゃあ、名前を知ってる奴の方が少ないよな」
「それに、調べようにも、十年も前なら、もう何人この国にいるのかもわからないわ」
困まり顔のライアの横で、カナリが意気込んだ。
「あら、あたしが調べてあげるよ」
「ダメよ!」