三剣の邂逅
おそらくそうではないかと、クローブも思った。ランディの年齢や当時の状況を考えれば、その可能性は十分にあるだろう。そして今、ライアが何を思って願いの叶う花などという突拍子もない話を持ち出したのかに気付き、黙ってライアの言葉を待つ。
夕闇はものすごい速さで二人を追い越し、瞬く間に、頭上には星がきらめきだした。
「情けない話だけど」
ライアが小さく口を開く。
「兄さんがいなくなるまで、私は今の生活に結構満足してた。父さんはいなかったけど、母さんと兄さんと仲よく畑を耕して、それだけで十分幸せだったし、皆もそうだと思ってた。……でも、あれは偽りの幸せだったのよね。本当は、母さんも兄さんも、父さんのことで、あんな過去を背負ってた。苦しくないはずがないわ。何も知らなかったのは私だけ。私が、知ろうとはしなかったから。でも……」
小さく息を吸った。
「私、また怖いの。本当のことを知るのが、怖くて怖くてたまらない。もう後悔なんてしたくないって思ってるのに!」
この場に及んでも、ライアはまだ恐れていた。これ以上踏み込んで、真実と引き換えに、大切な何かが失われてしまうことを。
「結局、小さい頃から何も変わってないのよね。私は」
自嘲気味な響きを含んで震える声のライアを、クローブが静かに見つめた。
「珍しいな。お前が家族のことで弱気になるなんて」
「……ごめんなさい。自分勝手よね、私」
真実から目を背けてきた代償に追い詰められながら、それでもまだ、一歩を踏み出せない臆病な自分。つき合わされているクローブは、たまったものではないだろう。
「ごめんね、クローブ。関係もないのに、なんだか、とんでもないことに巻き込んじゃったみたい。……嫌になったら、いつでもやめていいから」
それは、本心ではなかった。彼がいてくれたからこそ、ここまでたどり着けた。
決して優しいとはいえない事実や可能性をも、飾ることなく伝えてくれる彼だからこそ、まっすぐに向けられる支えや励ましは、何よりの力になる。
度重なる衝撃にも、側に彼がいてくれたから、なんとか心を強くもってこられたのだ。
今のライアにとって、もはやクローブは、なくてはならない存在になりつつある。
だが、主従関係を結んだ時点では、こんなはずではなかった。
彼には今選ぶ権利があり、ライアは、その選択がどんなものであろうと、受け入れなければならない。
そして、クローブは選択した。返ってきた言葉は、意外なものだった。
「関係なくなんかないさ」
呟くように言ったクローブは、ライアの方は見ず、代わりに視線を空に向けていた。
「関係なくはない。それに……後悔のない人生なんてないだろ。俺だって……」
夜風に長い前髪を揺らしているクローブは、どこか遠くを見ている。
「自分で決めたから後悔はしないなんて、立派なこと言ったくせに、夜に一人で横になってると、どうしても考えちまう。本当は、旅立つ俺を引き止めたかったのかもしれない。淋しかったのかもしれない。強そうに見えた内に、何か不安を抱えていたのかもしれない」
亡くなった姉のことを言っているのだと、ライアはすぐに察した。
「たった一人の肉親のくせに、俺は姉貴のことを、何もわかっていなかったのかもしれない。そう思った時には、後の祭りだ。結局俺は、姉貴の最期を見取ってもやれず、一人で逝かせちまった。これじゃあ、家族だなんて恥ずかしくて言えないよな」
クローブが、いつになく真剣な瞳でライアを見た。
「俺は、心のどこかで、お前の兄貴探しを利用しているのかもしれない。お前を見てたら、このもてあましている気持ちの答えが、見つかるような気がして」
言ってから軽く首を振る。
「いや、違うな。お前の兄貴探しを精一杯やることが、姉貴への罪滅ぼしになると思っているのかもしれない。勝手だろ? だから、お前が俺に気を使う必要はないんだ。これは、俺の問題でもあるわけだからな」
「クローブ……」
「そんな顔すんな」
ぽんぽんと、まるで子供をあやすようにライアの頭に手をやる。
「怖かろうが迷おうが、それでも、このまま何もしないで家へ帰る気はないんだろう?」
かろうじて首を縦に振る。それでは何も変わらない。
それに、逃げたところで兄は戻らないし、何も知らない頃へ戻ることなどできはしない。
もう、後戻りはできないのだ。
「だったら、うだうだ考えて立ち止まる前に、できることををやろうぜ。なに、必ずしも真実が悪いものばかりとも限らないさ。今日だって、事件そのものが疑う余地があるとわかっただけでも大収穫だろう? 今後の動きも決めやすくなるし、一見ばらついた情報だ
って、どこでどう役に立つかわからない」
ライアはクローブを見た。クローブもライアをまっすぐ見つめている。
二人の間に、何か、新たな絆のようなものが確かに生まれたことを、ライアは感じた。
そして、自分と似たような苦しみを抱える、自分よりも強い瞳の男に、ゆっくりと微笑んだ。