三剣の邂逅
「今言ったように、クラークとイアンの罪状は極めて曖昧なものだ。だが、かといって真実を見つけ出すことは容易なことじゃない。それなりの危険も伴うだろう。お前の身を考えれば、正直、深入りしない方がいいと思っている」
ライアは答えることができなかった。これは、自分の父親の過去。家族に関る問題だ。どんなに危険が伴おうとも、目を瞑り続けることなど到底できない。
だが。事件の真実を知りたいという気持ちと同じくらい、いや、それ以上に、頭の中で渦巻いている感情が、警鐘とともに歯止めをかけている。
色が変わるほど強く唇を噛むライアの横で、クローブが背もたれから身を起こした。
「少し時間が必要だな。別件の問題もあるし、考えなけりゃならないことは山ほどある」
別件というのは、もちろん当初の目的でもある、ランディのことだ。
二人はようやく、重い腰を上げた。
「これを」
紅く染まった空の下、一度門まで二人を送ったジュスイは、ふと思い出したように家へと引き返し、持ってきた古びた茶封筒を、ライアに手渡した。
「それは、当時俺が事件をやっきになって調べていた時に、友人のつてで手に入れた正規事件記録の写しだ。文書館のものよりは詳しいはずだからな。必要になったら使ってくれ。ただし、くれぐれも気をつけてな。……それと」
ジュスイがやや表情を引き締めた。
「勝手なようだが、もししかるべき証拠が出たような時、真実が白日のもとに晒される時は、遠慮なく俺を頼ってくれ。証拠さえあれば、昔のよしみで協力してくれる実力者たちが、まだこの国にもいるんだ」
「ありがとうございます」
娘を心配する、父親のような瞳をしたジュスイに背を向け、二人は歩き出した。
「そうだ」
今度はクローブが振り返った。まだこちらを見つめたままのジュスイに尋ねる。
「ランディを見かけなかったか?」
「いや。ランディも来ているのか?」
不思議そうなジュスイに向かって、ライアが付け足す。
「あの、もし兄を見かけたら、私が探していたと伝えて下さい。もうしばらくは、ロンという宿屋にいますから」
「よくわからんが、伝えておこう」
別れの意も込めて軽く手を上げたジュスイに一礼すると、二人は今度こそ、夕日に染まった小道を引き返した。
ライアとクローブは、物静かな道をただ黙々と歩いた。
時折、燃えるような色の空を、真昼の月を浮かべたような白い鳥が、群れをなして飛び越えていく。その光景がまたなんとも物寂しく、自然と二人の口数を少なくしていた。
「ねぇ、クローブ」
ぽつりとかけられた声に、ジュスイから渡された、しっかりと封のされている茶封筒を夕陽にかざし透かし見ていたクローブは、その手を止めた。
隣りを歩くライアは、前を見つめたままだ。
「なんでも願いの叶う花があるとしたら、あなたはそれを信じる?」
あまりにも唐突な問いかけに、クローブは片眉を上げた。
「どうした? 急に」
ライアは答えない。
「聞いたことがないな。俺も結構いろんな国を見てきたが、そんな花があるとは初耳だ」
「私はね、知っているわ。父からの最後の贈り物が、その花の種だったの」
それはちょうど豆粒ほどの、濃い、綺麗な青緑色をした種だった。その表面にはいくつかの白い斑点があって、暗いところで眺めると、まるで夜空の星空を見ているようだと思ったものだ。
その種を育て、見事花を咲かせることができれば、願いが叶う魔法の種だと父は言った。
「種をもらったときの興奮は、今でも忘れられない。すっごく嬉しかった。嬉しくて嬉しくて毎日眺めて、どんな願いをかけようか、たくさん悩んだわ」
「へえ。それで、結局何を願ったんだ? 本当に叶ったのか?」
ライアは小さく首を振った。
「なんだ、やっぱり叶わなかったのか?」
また首を振る。
「何も願いをかけなかったの。それ以前に、種を埋めることすらできなかった」
クローブは驚いてライアを覗き込んだ。
「そりゃまた、どうして?」
「だって、怖くなっちゃったんだもの」
「怖い?」
「そう。願いをかけて、一生懸命育てて、でも、もし枯らしてしまったら? 悲しいでしょ。だから……」
そう、怖かった。一度植えてしまえば、もう後戻りはできない。最善を尽くして育てたとしても、もし失敗してしまったら?
かけた願いは、もう二度と叶うことはないような気がした。
せっかく種をくれた父を、がっかりさせてしまうような気がした。
夢や期待が打ち砕かれることが、怖かった。
「でも、種のままなら、いつまでも、いくらでも、夢を見ることができるでしょ」
恐れることなく。失われることもなく。決して叶うことはないけれど、自分さえその気になれば手に入れることができる、そんな自己満足でしかない安心を支えに、何度でも夢を見続けた。
「そうやって、結局はなくしちゃったんだけどね」
自分は幼く、なにせ小さな種だった。風にでも飛ばされたのか、いつの間にかなくしてしまっていた、父の最期の贈り物。
クローブが軽く息を吐いた。明らかに呆れている。
「気持ちはわからなくもないが、お前そりゃ、子供にしちゃ少し慎重すぎるだろ。ってか、考えすぎた。後先考えず、言いたいことを言って、やりたいことをする。本能のままに生きてるのが子供ってもんだ」
「私もそう思うわ。でもね、私は、昔からそうだったの。目に見えない何かが気になって、躊躇する癖があった」
父が亡くなる前、まだモスリーではなく、どこかの「町」で生活していた時。その頃の記憶はひどく曖昧だが、よく父が疲れた顔をして帰って来たことは、なんとなく覚えている。子供ながらに、仕事の話を避けた。自分から遊んでほしいとねだった記憶もない。
けれど、父は、たまの休みには、よく夜空を見ながら話をしてくれたので、それだけで十分だった。
ある日突然父がいなくなり、家族三人はモスリーへと移った。
ライアは父が帰らない理由を一度だけ尋ねたが、そのときの、今にも消えてしまいそうな母の表情を忘れることができなかった。
父の話をすれば、母が悲しむ。そのまま母までいなくなってしまうことを恐れて、父の話題も、避けるようになった。
何気ない会話の中、母や兄がふと漏らす父の話に耳を凝らすことでしか、父を知る術はなく、生前の職種や、この村に来た訳、二人が村を出たがらない理由などを問いただす気には、どうしてもなれなかった。
「クローブ」
「うん?」
「兄さんがいなくなったことと、十年前の事件って、何か関係があると思う?」
「そうだな。最初はただの偶然かとも思ったが、もともとはお前の兄貴を追ってここまで来たわけだし、全く無関係じゃないかもしれない」
「兄さんは、事件の真相を知っているのかしら?」
「それはどうかわからないぜ。当時はランディだってまだ十四くらいだろ。大人のジュスイでも知らなかったような裏事情を、ランディが知っていたとはちょっと考え難いな」
「そうよね。でも……」
ライアの足が止まった。
「少なくとも、母さんは、父さんが城勤めをしてたこと、国王殺しの咎で殺されたことを知っていたわけよね。もしかしたら、兄さんも…………」